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下町の顔
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第13回
『盲導犬と歩む作家』

<プロフィール>
新潟県生まれ。共に生きるとは何かをテーマに「盲導犬のお話の会」を各地で開催中。現在は盲導犬「ペリラ」と一緒に江東区在住。一児の母。著書多数(「ベルナのしっぽ」「そしてベルナは星になった」「盲導犬ベルナ物語」「ガーランドの瞳」「私らしく生きたい」「ベルナの目はななえさんの目」「ペリラの手紙」 他)
「ベルナのしっぽ」著者
郡司 ななえさん

取材当日、地下鉄の駅の出口の一般道路で待ち合わせをしました。盲導犬と一緒に来られた郡司さんが普通の速度で歩ける姿には、正直、驚きました。盲導犬のペリラが郡司さんにぴったり寄り添って、目線をやや下加減にしている様子は、まさに盲導犬の仕事をしている姿でした。体だけでなく心が寄り添っているのだなぁ、と思いました。


1.お母さんになりたいと思ったから
★目が見えないことをご質問するのもなんですが、避けて通れないので、ご質問させていただきます。目が見えなくなった時どのような気持ちでしたか?
ショックだったとか死にたくなったとかを期待しているでしょう(笑)。必ずそういう質問が出るんですよ。私も反対の立場だったらそういう風に聴くと思うのですが、私はずっとベーチェット病を抱えて発作に苦しみながら、いつ目が見えなくなってもおかしくない生活をしてきたわけですよ。ショックがなかったとは言えないけども、何かほっとすることはほっとしましたね。でもそれだけかと言ったら違うし、今までのものを全部捨てるわけですから辛いですし、悔しいし、どうなっていくのだろうと不安でしたね。

★大変ですね……

― ここで突然地震が来ました。他のお客さんのどよめきが出る前に、郡司さんが地震ですね、と言いました。 ―

★目が見えないと感覚が過敏になりますか?
ええ。目のことを補わなければならないから、どこかでは緊張していると思いますよ。
本当は犬は余り好きではありません

★感覚が過敏になっているということは、盲導犬に関しても健常者以上に動物のことが分かるということはありますか?
ペット犬と盲導犬は少し違いますからね。私たちの場合は24時間いつも一緒だからこそ、分かるということじゃないかしら。目が見えなくなったから過敏症とか、犬の気持ちが全部わかるとかそういうことではないですね。

★盲導犬との相性はありますか?
相性というか歩み寄りでしょうね。夫が妻に、妻が夫に歩み寄るのと一緒ですね。今は夫が妻に大幅に歩み寄っているようですけれどもね(笑)。盲導犬だけが人間のほうに合わせるのではなくて、人間も犬のほうに合わせますから、お互いに歩み寄ってということですね。

★まさにパートナーですね。
まあそうなるからには、いろいろ皆さんには分からない苦労があり喜びがあり。

★郡司さんは、犬は最初は嫌いだったんですよね?
はっきり言って、今でも余り好きではありませんよ。前ほどは嫌いじゃないですけど。

★私は前にかまれて、そのトラウマのようなものがあるんですが、郡司さんも何か?
本にも書いてありましたでしょう。犬に襲われたこと。かまれるというよりも危うく事故にあいそうだったですよ。助けてもらいましたけど。

★やはりトラウマのようなことがあったんですか?
つながれた犬でも、そこに犬がいるとなると怖くって入っていかれないですよ。

★犬だけに頼っているということに、どこかに不安はありませんか?
犬だけに頼っているわけじゃないですよ。自分の頭の中の判断とミックスさせて歩いているんですよ。

★亡くなられたご主人は杖でしたが、郡司さんは盲導犬ですよね。その違いは?
一般的に盲導犬と一緒に暮らす盲人はとても幸せだというイメージがありますね。でも本当に幸せかどうかというと、私は疑問だと思います。
盲導犬と一緒なのは、歩くことには非常にいいのですけれども、その代わり白い杖とは違いまして、命が介在していますからわずらわしいこともいっぱいあります。白い杖だったら自分だけの命。それに杖は道具ですから要らなくなったら捨てることもできます。
盲導犬と私たちは命を一緒にしていますから、捨てることはできないですよ。情も絡みますし。それにお金だって絡みますよね。病気をすれば人間の子供以上にかかります。いろいろ考えると、白い杖のほうが余程いいわけですよ。杖は自分のテンポで歩けるわけだし。私が、杖じゃなくて盲導犬にしたかのわけは、お母さんになりたかったからなんです。

★ああそれが一番大きかったんですね。
私は結婚をしてお母さんになりたいと思ったのです。眼が見えないままでも、自分の子供は自分の胸や背中や言葉で、自分で育てたいと思ったんです。白い杖ではお母さんになれません。上京して27歳で目が見えなくなって、白い杖で歩いてはいた私でしたけれども、それでは自分の命を守るだけで精一杯です。杖では、具合の悪い子を背中にして病院まで一人では行かれませんもの。だから子供が生まれる前に自分で動ける場所を作ろうとしたんです。自分の夢を実現させるためにまず盲導犬と暮らそうと。
自分の住んでいる周りで犬と盲導犬が出入りするところがなかったんですよ。目の見えない人の生活を、子供が生まれる前に分かってもらいたかった。

盲導犬「ペリラ」
★それで盲導犬と暮らし始めたんですね。町の中の反応はどうでしたか?
ぺリラと暮らしてしばらくしてからですが、バスに乗ったんですよ。満員で立っていたんですが、そしたらぺリラの頭をなでている人がいたようで、頭をなでられると犬はそちらの方に行ってしまうんですよ。引き綱は引いていたんですが、人と人との間に入ってしまって思うように来ない。私は困ったなあと思った。そしたら若いお兄さんが「盲導犬はね撫でてはいけないんですよ」って、言ってくれたの。そしたらその頭をなでていたおじさんが「何言ってんだよお前」って。酔っ払っているらしい様子もあってね。「お前第一生意気だぞー」ってね、始まっちゃたの。それでバスも止まちゃって、運転手さんがそのおじさんのところに来て、「降りてもらうこともあります」って。
まあそういうことがあったわけ。それで私もすごく困ったなって思いましたよ。周りの人が静かになっちゃって。
昔はね、運転手さんが乗せてくれないこともありましたよね。拒否してはいけないのにね。ドアを閉められたこともありましたよ。それから乗せてもらえるようになっても、犬なんか乗せてとかいわれる事もあったから、とにかく人に何かいわれないようにと暮らしてきたわけですよ。
だからバスが静かになってしまったとき、私思ったのね。ああ声を出したお兄さんはきっと後悔しているなぁ、って。困ったなあと思っていたら、高校生くらいのお姉さんが「おじさんが悪いんだよ」ってこう言ったんですよ。「盲導犬は頭をなでてはいけないんだから皆が頭をなでたいんだけど、我慢しているんだよ」って。そしたらバスの中の皆が「そうだよ」、「そうだよ」って言葉が広がって行ったのね。

★和やかになったんですね。
そうそう。私はすごく嬉しかった。それは若い人たちが私のために声を出してくれた。そういう風に声を出してくれる人たちが住んでいる町に私は住んでいるんだ、とそのことがとても嬉しかったです。それはね、とりもなおさず私の努力もあった。それから社会の動きもあった。それから盲導犬を受け入れる日本人の心もあった。盲導犬がそれほど認知されてきたということもあった。だけど町が盲導犬と一緒に暮らす私を受け入れてくれた。しかも若い人たちからね。嬉しいことですね。継続は力ですよ。単発では人を動かすことはできません。私の持っている力はほんの小さな力ですよね。だけど私はここでとにかく暮らし続けながら自分の生活を、23年のあいだ広げてきたという、それが実を結んでいっている。幸せだと思っています。

★本の中で見えているように書いてあるところがありますね。心の目で見えるんですか?
私の本の特徴は見えている様に書くわけですよ。私は全盲ですが見えるんです。目の見えない人って見えてるんですよ。それなりに。だから、みるという表現をします。
今日も待ち合わせ場所で会った時、私は見えないんですけど、貴方が後ろから私に声をかけましたよね。そうしたら私は見えないけど貴方がかけてくれた声が私の耳のそばで聞こえたので、貴方は多分私に小腰をかがめたんですよ。

★ああそうか。なるほどね。周りの空気の動きが分かるんですね。
それが私には見えているということなんです。私が中途失明で見えていた世界から見えない世界に来たからかもしれませんけどね。

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