江東活學大學

第4回

<プロフィール>
江東区私立『神愛保育園』に勤務の後、江東区子ども家庭支援センター第二代所長に就任。
『お母さんや
子どもたちと共に生きる』
依田 幸子さん

■講演

センターの役目
今日は江東区の中で、ホッと肩の息をぬいて子育てをしていくには、子ども家庭支援センターにどんなことが求められているのか、を皆様とご一緒に考えていかれたらいいかな、とお邪魔をさせていただきました。
子どもにとっては子供らしく遊べる場所、お母さんにとっては学びあったり支えあったり分かち合えたりする場所。触れ合いながら、お母さん自身も豊かに過ごせるようにとの願いを持ってセンターの活動を毎日しています。
活學大學のパンフレットの一番初めのページに書かれてある言葉『希薄になりがちな昨今の人間関係ですが、人の温かさや生きていく上での小さな喜びを人と対面して感じられるよう、そんな思いで場を作っていくつもりです』という呼びかけが、センターの主旨と一緒で、活学大學をとても身近に感じています。

●センターでの日々●

まずセンターにはボランティアさんがいます。約60名の登録です。一番高齢の方は74歳です。このボランティアの方々の存在は大きいです。ボランティアさんのいる、頼ることのできるいい場所、ということになります。
今年は男子学生さんの志望が多くあって夏休みなど毎日のように来てくれました。子どもたちが後ろから飛びついていってもびくともしないですから、子どもたちは目を輝かせて遊びます。長い夏休みをどうしようと思っていたお母さんたちにとって、センターでの一日はとても楽しみなことになりました。ボランティアさんの存在は、センターに来た人たちをつなげていく役割も果たしています。それからオープンして4年目になって特に目立ってきたのが、3歳くらいのお子さんを遊ばせに来ているお母さんたちが、活動し始めたことですね。
どんなことかというと、自分が初めてセンターに来た時ボランティアさんが「ああ、かわいい赤ちゃんね」と抱っこしてくれた。それがとても嬉しかった。だから今私は自分の子どもが大きくなったので自分がしてもらった嬉しいことを若いお母さんにやってあげたい。そんな人が増えてきています。
センターにいる間は当然トイレに何回か行きますよね。トイレには赤ちゃんを座らせるところもあるんですが、うろうろしていたお母さんに、「私が赤ちゃんを抱っこしてあげるから行ってらっしゃい」って。で、トイレから出てきたお母さんが涙ぐんでるんです。今日初めて一人でトイレにはいることができた、って。育児専業で家庭の中で子育て中の人に、「今何をしたいですか」と聞くと、「一人でトイレに入りたい」ということが圧倒的に多いです。
育児専業のお母さんはトイレに入りたいのが願いという小さなことだった。他のお母さんも皆そういう経験がありますから、思わずよかったねぇ、と涙ぐみました。一人で家の中で育てていたら経験できなかったことで、人に助けてもらうということも経験できなかった。色々な体験をされているんだなあと思います。センターでは皆でお昼ご飯も食べられます。お母さんたちが自由につながりあえる事がこのセンターの中にはあります。

●支援とは●
子ども家庭支援センターの『支援』という言葉が、スタッフやボランティアさんに何かをしてもらいに来るというイメージがあるのかもしれませんが、今お話をしたように、ここにやってくるお母さんたちが『本当に望んでいることは何か』それを一人一人が自分にできることを見つけていく、そういう場でもあります。
すいすいクラブという機関紙の発行もお母さん方がしています。喫茶の日にはケーキ作りが得意の人が作ってくる。自分のできることを精一杯やれる場がある。一人ではなく仲間と一緒にやる場に出会えた。何かをしてもらうためにセンターに来ているのではないですね。このおだやかなよい人間関係、和やかな雰囲気、人と人とが楽しそうにおしゃべりしている……そういう大人たちの中に子供たちが置かれたときは実によく遊びます。子どもにとっては遊ぶことは大事です。その中からたくさんのことを学んでいくわけですから。
人見知りと後追いのご相談はとても多いのですが、センターに来てもらって子どもの遊びを見ながら一生懸命訴えていたお母さんが、遊んでいるわが子を見て、私から離れないで困る困ると話しているのに、ふと見るとわが子はどこに行ったんだろう(笑)。家だったら私のひざに乗って離れない子供がこのセンターに来ると遊びに行ってしまう。子どもは多分このおだやかな雰囲気の中で安心してセンターで遊ぶのではないかと思われます。
『人は人に出会うことでしか人になれない』という言葉がありますが、子どもも周りのたくさんの人たちと出会いながら人格というものが造られていきます。子どもにとって友達遊びはとても大事です。それと同時に子どもの発達にはお父さんとお母さんのよい人間関係、お母さんと周りのよい人間関係が大事です。
センターに来る事はお母さん自身も遊びの中に入り、子どももそれを見て一緒に遊べるようになる。お母さんが仲間を作れるように、センターもお手伝いをしたいと思っています。

●日本の文化って・・・●
人の輪の中に入りづらい、子供同士の喧嘩をどう収めたらいいのかわからにということが往々にしてありますが、センターはボランティアやスタッフなど第三者がいることによって緩衝材になり、これが欲しかったんだね、と言ってくれる人がいることになります。
また、これは何とかちゃんが持っていたものでしょって、子どもにとっても自分の気持ちを解ってくれる人がいたという経験を持っていくことができます。
お母さんにとっては、ああ自分の子どもにだけ我慢をさせなくてもいいんだということをその中から感じてもらえる。今センターの中では少しずつこのような事が広がっていこうとしています。
親と子供の気持ちの通じあいってどんなことなんだろうか、喧嘩ってなんだろうかとか、テーマで話し合う小グループがあります。その中で子どもに喧嘩をさせないのではなくて、その仕方が問題なんだと気づいていくんですね。
日本の文化って人様にご迷惑をかけることを嫌ってきた文化ですね。自分の問題、家族の問題はその中で解決して、それが大人として自立した姿だという文化があるんですが、私は人をまず安心して頼るということが、その人の人生を豊かにして楽な人生にしてくれるのではないかと思っています。
これを感じたのはセンターの初代所長、新澤誠治さんが人を頼るのが実にうまかった(笑)からです。新澤さん神愛保育園の園長先生の時代に、ゼロ歳児保育をやりたい延長保育をやりたい、だからあとは頼むね。宜しくね、って。でも宜しくねって言えることは、私たちを信頼してくれているからなんですね。新澤さん自身も沢山の人から頼られています。私にとってもこの新澤さんとの出会いは大きなものでした。一人の人間が自立をして活き活きと生きていくのは、この、頼り頼られる関係の中でしか生まれてこないのではないか、自分のビジョンをしっかり持って、そのビジョンを達成していくためにはたくさんの人に頼って沢山の人に出会って乗り越えていく事が大事だと思います。
一人の力としては限界があります。今、新澤さんのあとをついで、うちのスタッフに頼る、何よりもお母さんたちに頼る。そこを今私は学ばせてもらっています。

●地域の中で●
沢山のお母さんたちと一緒の係わり合いが、育児の面だけではなく地域の中の気持ちのよいかかわりに浸透していくのではないかと思っています。虐待のニュースなどありますとどのお母さんも「私はこの人の気持ちが分かります」言います。
悪気があるわけではないけどもしかしたら、世の中の半分以上の夫が妻の育児の悩みに気がつかないのではと思います。妻がこういうことがあったのよと言った時「そう、そんなことがあったのかい」というその一言でいいんですね。別にそのことで議論なんか望んでいない「そんなことがあったのかい」と返事をしてくれればいい。それがお母さんの本音ではないかなと思えます。
自分を支えてくれる人、自分の言葉にきちんと耳を傾けてくれる人がいることでお母さんたちは安心する。それが地域の人にまで広がっていくことが望ましいです。
今日の活学大学には色々な年代の方や、地域の役割の中で生きていらっしゃる方が参加されているので、子育て中のお母さんを地域の中から支えていただく和が広がるのではないかと、思っています。
■質問タイム

Q,今後このようなセンターは増えますか?
来年5月頃西大島のあやめ幼稚園の建物を使って地域型の家庭支援センターがオープンされます。そのあと南砂と豊洲に決定しているそうです。
Q、子育てというのはパートナーやそのお母さんの周りの人間関係が多く響いてくると思います。子育て相談を受けるときその辺りへの配慮は?
お母さんの話を聞いていると最終的な問題は自分の親との関係か夫との関係かにたどり着くようです。まずは自分が思っていることを吐き出す。話す場が与えられるだけで問題がかなり整理されてきますね。どうせ駄目だから私が我慢するしかないと思った人が言い出せるようになる。じゃどんな風に言ったほうがいいのだろうかって。時には皆で模索することもありますね。話せない人にとって話すことは大きな出来事ですから。時間がかかりますが、少しでも、ワンステップずつでも前に、と。お母さんが少しでも明るく育児ができるように、と取り組んでいます。

※依田幸子さんのおだやかな語り口から、光がいっぱいに降り注ぐ暖かな太陽を想像しました。育児真っ最中のお母さんお父さんの強力な支えになったいらっしゃる日常、益々のご健闘を祈りました。
(2002年・12月収録) 要約文責:室井朝子