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第1回

第一話 落葉なき椎……麟太郎(りんたろう)誕生のこと
(一)

 雨が蕭々(しょうしょう)と降っている。
 風はないが、半刻(はんとき)に二度か三度は、木の葉の落ちる気配がする。
 庵(いおり)の軒から滴るしずくの音が、かえって眠気を誘うような天保十四(1843)年、梅雨時の江戸の午後である。
 連日の長雨だが、本所・深川とは違って、ここ鶯谷では水があふれ出すのを、さほど心配する必要はない。そんなことが、天保の改革騒ぎを一時でも忘れさせて、男の心を幾分安らかにしていた。
 この男は勝小吉(かつこきち)、言わずと知れた、海舟勝安芳(麟太郎)の父親である。当年四十二、放埒(ほうらつ)無頼の一生を送ると信じられていたが、何を思ったのか鶯谷に庵を結び、『夢酔独言(むすいどくげん)』と呼ばれる自叙伝を書き始めたところ……。
 ゴシゴシと力任せに墨をすると、ちびた筆を硯に無造作につっこみ、穂にたっぷりと液体をふくませて紙に下した。
「おれほどの馬鹿な者は世の中にもあんまり有るまいとおもう。故(ゆえ)に孫やひこのために、はなしてきかせるが、能(よ)く不法もの、馬鹿者のいましめにするがいいぜ」
 一字一字紙に彫りつけるように、ゆっくりと書き出した。

 書き出したが、
「ふあーッ!」
 両手で天を突いて大欠伸(あくび)。やりつけないことゆえ、これだけでもう一仕事を終えたような気に小吉はなっている。その視線が思わず外の景色に--田んぼの向こうには、雨に煙る家々の屋根が薄紫に見える。吉原だ。
 郭(くるわ)の屋根が見えたとたんに、小吉の記憶は,過去を彷徨(さまよ)いだした。

 --オイラが吉原に通い始めたのは、十六の歳(とし)。忘れもしない、文化十四(1817)年のこと。
 最初は、もちろん人に連れられてだ。
 ああ、あれは久保島(くぼじま)とかいう野郎だったな。悪い奴で、親父の家に金があるを知っているから、オイラをだまくらかして金を引出し、自分でも楽しもうって肚だった。
 と今思えば、だます方もだます方だが、だまされる方もだまされる方だ……。

「やい、やい、小吉! おのれは勝の家をつぶそうとしたな!
 勝の家は、東照神君(とうしょうしんくん)家康公以来の由緒ある家ぞ。おのれのように、無断で出奔(しゅっぽん)なし、三月も四月も行く方知れずになるなんぞという、不埒(ふらち)なことをなしたる者など、この二百五十年来、一人もおらぬわ!
 この婆が灸をすえてやるから、そこへ直れ!」
(ばばあ殿が、また吠えてござる。お信(のぶ)のお祖母(ばば)殿でなければ、足腰立たないほどぶん殴ってやるところだが……。
(ああ、気がクサクサする)
 と、プイッと後ろ足で砂を掛けるようにして、オイラは外に出た。

 家を出て二、三町行ったところで、アイツに会った。
「やあ、小吉さん、しけた面(つら)アして、一体どうしたんです?」
 今思えば、久保島ってのは、のっぺりした生っ白(ちろ)い顔で、紅(べに)でも塗ったような真っ赤な唇を舐めるのが癖の、下品(げび)た野郎なんだが、その時分は分かりゃあしねえ。
「そんなに目を釣り上げ、下ァ向いて歯噛みしていたんじゃあ、女にゃあ持てやしませんぜ。
 陽気に過ごさなきゃあ、生まれてきた甲斐もないってもんだ。
 ここは一つ、面白いとこへ、お連れしましょう。
 さあ、行きましょう、行きましょう」
って言われりゃあ、くっ付いて行ってしまわあ。
 行った先が吉原っていうのが悪かった。これが岡場所だったりすりゃあ、何となくうらぶれた雰囲気もあって、そうはのめり込まずに済んだんだがな。

 人呼んで「花の吉原」。
   闇の夜も、吉原ばかり月夜かな
 何しろ男を遊ばせるためだけあって、向こうは手ぐすね引いて待っている。
続く

2004/11/17