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第一話 落葉なき椎……麟太郎(りんたろう)誕生のこと
(二)
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芸者、幇間(たいこ)も集めて飲んで、ぱああっと陽気に騒ぎ、そのいい気分のままお床(とこ)入りだ。正直言って、今の今まで、女から、こんなに親身に扱われたことのない十六の餓鬼だ。先方が商売だなんてことは知らずに、夢中になって、毎晩毎晩通ったものだ。
けれども、早晩、金はなくなる。向こうは金の切れ目が縁の切れ目、何とか金を作らなくちゃあならなくなった。
そんな時だ、兄貴のとこへ信州の知行所から七千両の年貢が来たのは。兄貴は、吉原通いをしていて、金に困っているってことなどは知りもしないから、オイラに番を頼んだ。
オイラだって、一人でいれば、悪気などは起こさないのだが、どこで聞きつけたか、久保島ってのがやってくる。
「小吉さん、吉原の妓(おんな)がお待ちかねですぜ。先だっても『小吉さんは、どうされました、どうして来てくれないんざましょう』と大変な騒ぎ。
やつがれなんぞには、鼻もひっかけてくれやあしない。
何ですって、金がない? そんなことはないでしょう?
そこにあるのは何です?」
顎(あご)で指した先にあるのは、年貢金の七千両だ。
「こいつァ駄目だ。兄貴の金だ」
って言ったが、
「彦四郎さんの金なら、あなたのものも同然じゃあありませんか。
いずれ、あなたが分家することになりゃあ、幾許(いくばく)かの金は分けてくださる。それを先に貰っておくだけのこと。
そう、百もありゃあ、妓に不義理はしないで済みますぜ」
と持ちかける。
オイラも馬鹿だから、「もっともだ」と思い、千両箱を開けて二百ほどいただいた。
「隙間ができてカタカタする」
「紙でも詰めておきなさいよ。そうすりゃあ気がつきゃあしませんや」
という次第で、またまた吉原通いだ。
「悪事千里」というもので、兄貴にばれるのは早かった。
「うぬ、ぬっ、盗人(ぬすっと)が、我が身内に、おろうとは……。
今度ばかりは許せぬ! 切腹などは貴様には勿体ない。おれが自ら手討ちにしてくれる!」
と今にも刀を抜かんばかりのお怒りだ。
「だ、旦那さま。ここは私めに免じて、ひとまず刀をお収めください」
両手を広げ、オイラと兄貴の間に入ってくれたのは、親父殿の代から男谷(おだに)家の用人を勤める利平(りへい)だ。兄貴も若い時には手数を掛けたゆえ、利平にはなかなか頭が上がらない。何とかこの場は治まった。
あくる日、オイラと兄貴は親父のとこへ呼び出された。
利平が、巧く取りなしてくれていて、
「彦四郎、お前も若い時分には、こんなことがちょくちょくあったなあ」
親父殿は微笑しながら、兄貴に話しかけた。兄貴も、思い当たる節があり、頭を掻いて苦笑い。それへ、
「わずかの金で、小吉を傷物にするわけにもいかぬ。まして、こいつは勝の家を継ぐという大事なお役目を背負った身だ。
今度ばかりは、料簡(りょうけん)してやれ、よいな」
と、おっかぶせる。
両人とも「ははっあ」と頭を下げて、一件落着。
あれが、利平がオイラのために口利きしてくれた最後だ。それからしばらくして、用人を辞めて隠居。親父殿から同心の株が買えるだけの金をもらい、国に帰っていった。身内に老後の世話になるとのことだった。なんでも国は上州だという。
兄貴からせしめた悪銭二百両は、一月半でなくなった。
利平が家を去る時に、オイラを物陰に呼んで、
「小吉の坊ちゃん、吉原なんぞというとこは、所詮は金の切れ目が縁の切れ目。本気になってのめりこんじゃあいけませんよ」
最後の説教だ。
本心からオイラのことを心配してくれているとは知っているから、心の底にズシンとは来たが、これで身持ちが納まりゃあ、世話ァない。そうもいかないのは、家にいりゃあ何かといえば、
「やい、やい、小吉!
勝の家は、東照神君家康公以来の由緒ある家ぞ。おのれのような野放図な奴は、この二百五十年来、一人もおらぬわ!
この婆が灸をすえてやるから、そこへ直れ!」
とお祖母さまに言われるからだ。これじゃあ、オイラじゃあなくても誰でも、外へ出たくなる。
その時分は、悪銭じゃあなくても、何んとはなしに懐に銭があった。金は天下の回り物とはいえ、今考えると不思議な話だ。
あれは、四月に文化が文政と変わった年の暮れ近く、オイラが十七の頃だ--。 |
続く |
2004/11/24 |
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