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第3回

第一話 落葉なき椎……麟太郎(りんたろう)誕生のこと
(三)

 吉原(なか)も師走となると、さすがに客足が少なくなる。そんなところへ、暇を持て余したオイラが現れたのだから、先方では下にも置かない大歓待だ。ここ大口屋(おおぐちや)でも、贔屓(ひいき)にしている三千歳(みちとせ)という妓(おんな)が、すぐに敵娼(あいかた)と決まった。この妓、もちろんオイラよりも歳上、姉妹(きょうだい)のいないオイラにとっては、姉さんと遊んでるようなつもりで、甘えてたんだな。
 遊びといっても、オイラは昔から酒が合わない。だから、甘口の酒を舐めて、〈甘台〉の二色玉子なんかをつまみながら、馬鹿っ話をして妓を笑わせるのが、まず第一の楽しみだった--その当時は今とは違って、可愛いいもんだったじゃあないか。
 まあ、そうこうしていると、ピシャッと音を立てて障子が開いた。
 目ン玉ァつり上げ、血相を変えた男が立っていたんだが、殺気が背中から、不動明王のように燃え立っているのが、すぐに見て取れた。
「キャッ!」と悲鳴を上げて、三千歳がオイラの肩に両手を回して、背の影に隠れる。
(こやつ、どこかで見たような……?)
「やい、やい、小吉! 御蔵前の八幡祭りでは、いかい世話になったナ。
 今夜は、あん時の礼をしてやるから、表へ出やがれ!」
 こいつは、御蔵前の荷揚人足どもの兄哥分。八月十五日の八幡祭りで、オイラたちと大喧嘩して、その負けた仕返しに来たんだ。
(ああ、あん時の……。四か月も前のことを、未だに覚えているたあ、脂っこい野郎だ)
と内心では辟易したが、
「そいつァあ、ご丁寧なこった。『礼にゃあ、及ばねえよ』と言ったところで、聞くような相手じゃあなさそうだ。
 こいつを飲み終わるまで、ちょっと外で待っていろい!」
 手に持った杯で、表の方を指した。ちっとは姿のいいとこを三千歳に見せようっていう、スケベ心がなかったとは言わねえがね。それより何より、いくらか回った酒のせいで、無性に暴れたくなっていたことの方が大きかっただろう。
「裏から逃げようたって、そうはいかねえぞ。きっと来いよ!」
「見損なうなよ、オイラァあ、天下のご直参だ。逃げ隠れなぞ、するものじゃあねえ。
 すぐに行くから、待ってろっていうんだ!」
 そのことばに、野郎は意外に素直に、表へ戻っていきやがった。
(はてさて、仲間をどれほど連れてきたか……)
 ぶるぶる震えている妓を宥(なだ)め、立ち上がって腰に手をやる。そこには、あるべきものがない。
(ああ、そうだ。吉原のしきたりどおり、大小を帳場に預けたんだ)
と思い出したのもうかつな話さね。
 今から番場町(現在の墨田区向島)に使いを出して、大喧嘩を一緒にやった精さん(小吉の従兄弟、男谷精一郎)や、オイラたちが〈喧嘩の師匠〉と呼んでいる源兵衛を呼ぶにも、時間がない。
〈まあ、何んとかなるだろうて〉
と、肚アくくったもんさ。
 帳場でも異常に気づいたらしく、
「松どん、急いで頭へ知らせに行っとくれ」
 なんて声が耳に入ってくる。その声を聞くともなしに聞きながら、表階段を下りる。
 そのまま足袋裸足で表へ出る。
 見ると、仲の町には殺気が漲(みなぎ)っていた。
 小揚人足どもが十五、六人。向こう鉢巻、片肌脱ぎで、手に手に得物を持って、オイラの来るのを今や遅しと待ち構えていたんだ。
 一方、こちらは無腰。
(そいつを狙って来やがったか……)
 人足どもが考えつきそうなこった。もうこうなったら、こちらは、〈喧嘩にどのようにして勝つか〉しか頭にない。兄哥分を見据えたまま目を細めた。
(ウフフッ、まだ膏薬が取れないのがいやがるよ)
 こうやって目を細めると、端の方も真ん中と同じように、はっきりと見て取れるもんだ。この辺は、喧嘩も剣術も同じようなコツがあるのさ、覚えておくといいぜ。
続く

2004/12/1

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