|
|
第一話 落葉なき椎……麟太郎(りんたろう)誕生のこと
(四)
|
六尺棒を持ったのが十人。残りは鳶口、こいつらは腕に覚えがあると見た。
オイラは町中を歩くような調子で、すたすたと歩いた。左端から三人目が一番殺気が薄い。小でっぷりした男だ。まずは、こいつが最初にやられることになるわけだ。
こいつ、目はこちらに向けているんだが、オイラが余りにも自然体なのと、血が上っているのとで、頭の働きがこっちの動きに追いついていない。
男にほんの一尺まで近づくと、右手をズイと伸ばし、難なく六尺棒を奪い取る。
にっこり笑いかけると、男もつられて笑顔を見せる。
「げほう梯子乗り」
『大津絵節』を歌い始めるのと同時に、片手で持った棒を、そいつの頭に叩きつけた。
「グェッ!」
男は、つられて見せた笑顔を面(おもて)に張りつけたまま、膝から崩れ落ちた。
「雷太鼓で」
スルスルと棒を手元に手繰り寄せる。
「釣りをする」
スイーッと棒が伸び、一人の人足の喉仏を直撃する。
声もないまま、鳶口を放り出して背中からドッと地面へ。
「お若衆は」
棒を伸ばしたまま、左足を軸に右旋回。
軌道にいた三人が、次々に側頭部を殴られ、見物人を巻き込んで将棋倒し。
「鷹を据え」
左手に持ち代えると、トンと地を突いて、
「塗笠おやまは藤の花」
右を向いて振り上げた棒は、左旋回。
ブン、という空(くう)を鳴らす音は、棒に速度が乗った証拠だ。
より強烈な一撃が、鳶口を構えた男たちを襲う。
棒に引っかけられた鳶口は、手を離れて空へ。しばらく間があって、カランという音。飛ばされた鳶口は、二間も先の〈誰そや行灯〉の根元に転がった。
「座頭の褌に犬ワンワン」
棒を逆旋回させると、地面すれすれに足元を薙ぎ払う。
ばたばたばたと、空ら手の五人が次々に尻餅をつく。
「仰天して付けァあびっくりして」
五人の〈水月〉に無造作に当てていく。
「グフッ」「ゲボッ」……。
「杖をば振り上ぐる」
チョンと先を撥ね上げ、逆手で一人の眉間を突く。
「荒気の鬼も発気して鐘橦木」
棒を引き、掌に滑らせて、棒の中央を持つ。
歩きながら、右、左、右、左と頭上で半回転させるたびに、口々に呻きを上げて気絶する人足、一人また一人。
「瓢箪鯰を押さえます」
トントントンと棒の先で軽く〈人中〉を突き、そこいら中に倒れもがき苦しんでいる奴を気絶させる。
「奴の行列」
オイラが歌った頃には、仲の町で立っている人足は、兄哥分だけ。
そいつの鼻の先に、両手で構えた棒の先を突きつけ、
「釣鐘弁慶に矢の根五郎」
と『大津絵節』を歌い納めた。
棒が後ろに引かれた瞬間、後ろから声が掛かった。
「旦那、ちょっと待っておくんなさい」
声の主は、ツイと前へ出ると二人の間に入り、片手でオイラを制した。
「あっしは、この辺りでお世話になっております〈を組〉の若い者で、辰五郎と申します」
と挨拶をした。
「旦那、この辺りでご勘弁なすってもらえませんか?
へへへ、旦那も十分ご堪能なすったし、〈御蔵前〉のこいつも、もう二度と、旦那に仕返ししようなんていう料簡(りょうけん)を起こさないでしょうから」
見ると、兄哥分は〈を組の辰五郎〉が来た安心感からか、今にも泣きだしそうな、情けない面をしていやがる。
殺気などは微塵もありゃあしない。
「ああ、分かった。オイラは、売られた喧嘩を買っただけだ。そういうことなら、もう勘弁しよう」
オイラがそう言ってやると、兄哥分は、へなへなと腰が抜けた。両手、両膝をつくと頭を下げて、
「旦那、申し訳ありやせん……」
涙声で謝るんだ。
「それじゃあ、を組の、手数をかけるが、後の始末は頼むぜ」
辰五郎の肩をぽんと一つ叩くと、
「冬の夜に風が吹く……」
口ずさみながら大口屋へ戻っていったもんさ。
「合点承知」とばかりに、兄哥分を慰めながら目顔で合図すると、〈を組〉の連中が戸板を運び入れ、倒れた人足どもを次々に乗せていったそうだ。
「あの旦那、若いのに、いい腕だねえ!」
と嘆息したとか、しないとか。この〈を組の辰五郎〉、ってえのが新門辰五郎だ。後でせがれの「麟(りん)」のやつと昵懇(じっこん)の仲になったてえから、世の中のことは分からないもんだ。 |
続く |
2004/12/15 |
|