|
|
第一話 落葉なき椎……麟太郎(りんたろう)誕生のこと
(五)
|
二階に戻り、オイラはまた甘いものをつまみだした。けれども、三千歳の方は、外の様子を逐一観ていたらしく、怖さ半分驚き半分で、こっちを上目づかいにうかがっている。
しばらくすると、障子の外に人の気配がした。
「私、お城勤めをしております者。
先ほどのご活躍を拝見いたし、ぜひ一献さしあげたい。
お邪魔してよろしいかな?」
中年の声がした。
〈お城勤め〉という科白(せりふ)に、ちょっと引っ掛かるものがあるんで、
三千歳の顔を覗き込んでみた。妓は「入ってもらってくださいヨ」と今にも言いそうなようすだ。暴力を振るったばかりのオイラと、二人っきりでいるのは、気詰まりなんだろう。
中年男は万事心得ているらしく、「諾」とも答えない内に障子が開いて、ぬっと座敷に入ってきた。
坊主頭の三十男だ。青々と剃り上げた頭の下には、俗に〈馬行灯〉(「馬が行灯をくわえたような」)というような長い顔があった。目鼻だちがはっきりしているだけに、その長さが、特に顎の長さが目立つ。まだ世間知らずのオイラには、間延びした、人の良さそうな顔に感じられたんだが……。
入口近くに座ると、開口一番、
「小吉殿とやら、いやあ、腕が立つねえ、見ていて惚れ惚れしましたよ」
ときた。褒められて嫌な気持ちをする者はいねえ。ましてや、オイラはまだ若造だったし、家にいればお祖母(ばば)さまからは小言ばかり言われるし、で世辞には慣れていなかった。すっかり有頂天になって、この男が誰かなんぞという詮索なしに、言われるままに杯の遣り取りとなったものさ。
「さあさあ、ぐっと空けて、ぐっと……。
気に入ったね。
今度、家に遊びにお出でなさい。なあに、下谷練塀小路(ねりべいこうじ)で〈河内山(こうちやま)〉と言ってくれりゃあ、どなた様もご存じだ。
小吉っつァんといったね、腕もよけりゃあ、飲みっぷりもいい。
さあさあ、ぐっと空けて、ぐっと……」
飲みつけない酒を飲まされて、とんと〈金時(きんとき)の火事見舞い〉さ。真っ赤な顔になって、口で息をしていたそうだ。
(練塀小路の河内山という小父さんか。一度、遊びに行ってみようか……)
回らない頭で、そんなことを考えていると、隣座敷との仕切り越しに、
「その小父さんの口車に乗っちゃあいけねえよ」
との声が上がった。
「誰だ、てめえは!」
とたんに、坊主頭の男の柔和そうな顔が一変した。瞳がギラッと光る。薄い口許がぐっと締まる。
表情が酷薄そうなものに変わり、長い顔も、間延びしたものじゃあなく、かえって迫力を増すものに見えた。
「ウフフフフッ、御数寄屋坊主の河内山、いやさ河内山宗春(そうしゅん)、おれの声を覚えていねえかい?」
間仕切りがスルスルと開くと、二十五、六の優男が現れた。色白の顔に藍微塵(あいみじん)がよく似合う。いなせな雰囲気を漂わせているのは、魚河岸の兄哥か、それとも……。
「ゲッ、てめえは……」
「そうだよ、市村座の笛吹き、芳村(よしむら)金四郎だよ。
小吉っつァん、その小父さんはね、お城勤めといっても御数寄屋坊主。河内山宗春といって、お城で耳にしたことをネタにしちゃあ、町家といわず、お屋敷といわず、強請(ゆすり)・たかりを働くってえ、図太い商売の小父さんだ。
一度、遊びにでも行ったなら、一味同心にされて身腰が抜けず、 いずれは三尺高い首の座に上るのが関の山だ。
この小父さんの甘いことばには、用心しなよ」
河内山とかいう中年男は、その科白に赤くなったり、青くなったり。
「利いた風なことを抜かしやがる。
やい、金の字、今日のところは、おめえに免じて引き上げるが、今度、面ぁ見やがったら只じゃあおかねえから覚悟しておけ。
おお、三千歳、もう小僧の相手をする必要はねえぞ。向こうに、おめえの間夫(まぶ)の直(なお)の野郎が待ってるぜ」
今まで愛想の良かった三千歳、この河内山のことばに掌を返すように、
「坊や、早く家に帰って、小便でもして寝ちまいな!」
と言うが早いか、バタリバタリと上草履の音も高く出ていったもんさ。 |
続く |
2004/12/22 |
|