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第7回

第一話 落葉なき椎……麟太郎(りんたろう)誕生のこと
(七)

 文政五(一八二二)年、二十一歳の時だ。以前からの不行跡を咎められ、七月には、座敷に設えられた三畳の檻(おり)--座敷牢に閉じ込められたのさ。
 檻の中は、快適とは言えないが、それもこれも身から出た錆。諦めて慎み始めた矢先、お信が檻の外から、声を掛けてきた。
「旦那さまが、こんな折に、申し上げ難いのですが……」
 いつもはハキハキと物を言うのに、なぜか今日は言い渋っている。
 顔も幾分やつれているようだ。
(やはり、オイラが閉じ込められたのを、気に病んでいるとみえる……)
 何となくオイラもしゅんとして黙りこくっていると、それに、かえって決心を固めたのか、
「嬰児(やや)が出来ました」
ときた。当座は、そのことばが頭にすっと入ってこない。「えっ」と言ったきり、ぼけっとしているしか手がない。
「お腹に赤さんが……」
「おめえの、お腹に、赤ん坊が……。
 ……出来たのかよ! そいつァあ、めでてえや。
 で、男か女か?」
 こんな時は、そんな馬鹿なことしか言えねえもんだ。
「そんなこと、今から分かるわけないじゃあありませんか」
「ハハッ、そりゃあそうだ。で、いつごろ生まれるんだえ?」
 「おそらくは、来年の初めには……」
 さあ、そうなると、心を入れ替えざるをえないだろう、ってんで、しきりに書物を差し入れるよう、誰彼となく頼んだものさ。
 一月ほどは書見に精を出してはみたが、やがて、やりつけないことゆえ、ついつい手枕でうたた寝をすることが多くなり……。
「旦那さま、夕餉(ゆうげ)のお支度が……」
 聞き慣れた声で、うたた寝の目を覚ますことになる。
(ファアア、よく寝た寝た……。
 ああ、お信か……。今しがた夢に出てきた吉原のことは、こいつには、ちょっと聞かせられねえな……)
 むくりと身を起こしたオイラは、そう思いながら、檻の中に運ばれた夕餉の膳に着いた。
「お信、おめえと初めて会った時のことは、覚えてるかえ?」
 相変わらずの暢気(のんき)な声で、そう聞いたものだから、お信は、
(子どもが生まれるというのに、改心してないのかしらん)
と心配になってきたに違いあるめえ。
 けれど、さすがオイラの女房だ、それを気振りにも出さず、
「何んです今頃……」
 明るい笑みを浮かべて答えた。
「オイラが七つ、おめえが五つの年だったか……」
 まだ深川に住んでいた当時、オイラは勝の家に養子に来たのだ。養子とはいったって、実際のところ父の男谷平蔵の元へ、お祖母さまとお信とを引き取り、世話をする形だったのヨ。
「初めておめえを見た時にゃあ、にこにこ笑ってばかりいたんで、こいつァあ馬鹿じゃあねえか、と思ったものだ。何しろ、悪戯(いたづら)盛りのこと故、オイラがおめえの額を、指で弾いていじめても、まだにこにこしてやがったんだからな。
 今じゃあ、おめえが学者だってことは、オイラもよく知ってる。
 よくせきオイラも子どもだったんだなア」
 お信は、子ども当時と同じような笑顔を返しながら、
「でも、私のことをかばってくれたじゃあありませんか。
 そんな事情を知らない父上が、旦那さまに斬りつける騒ぎまで起こして……」
「いや、何、あれは……」
 オイラは、食後の茶を啜って、ことばを濁した。
続く

2005/1/5

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