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第一話 落葉なき椎……麟太郎(りんたろう)誕生のこと
(九)
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雨上がり、陽光が軒から滴り落ちる雫(しずく)をきらめかす。
二人は、いつの間にか油堀(あぶらぼり)まで来ていた。そこの石垣に腰掛けると、足先を川に浸けた。さっきの気の高ぶりが、冷たい水の中に溶けていくようだった。
「……利平さんが、『お祖母さまは、早くに旦那さまを亡くされたんで、ああおなりになったんです。お可哀相な方なんですから、むしろ心入れしておあげなさい』って言ってたけど……」
と、いつには似ずに、やや憂いを含んで言ったのはお信だ。
「まあ、利平じじいの言うことだ、間違いはないだろう」
オイラもちょっぴり大人びた物言いをしてみせた。
「でも、小吉さん、どういう意味なの?」
本当のとこは、オイラにも分からないが、お信(のぶ)の手前、
「オイラに、お祖母さまを苛(いじ)めるな、って言ってるのさ。
お信、おめえは今のままでいいってことよ。オイラも、今のままのお信がいっちいいさ」
と言って、手近な小石を拾うと、濁った川水に投げた。
「おい、こういうの知ってるか?」
立ち上がると、平らな石を選び、横手で川に投じた。
石は水面を、一度、二度、三度と跳ね返って、対岸に達する。
「さあ、おめえもやってみな!」
その時には、もうすっかり、最前のことは頭から消えていた。一方、お信は、利平のことばを、まだ考えているらしく、のろのろと立ち上がると、
「あたし、もう帰ります。晩のお支度を手伝わなくっちゃ……」
川に背を向けた。
*
「まあ、利平じじいには、すっかり世話になったものだ」
「私も、そうですよ。今頃は、国でどうしているかしら……」
「あの利平のことだ、親戚の子どもでもあやして、幸せに暮らしているさ。まだ男谷の家にいりゃあ、オイラの子どももあやしてくれただろうぜ……」
檻の内と外とに、温かな空気が流れたようだった。
それを破るように、
「おーい、勝さん、いるかい。隼太(はやた)だ、上がるぜ」
と胴間声が。
「馬鹿野郎、牢に入れられているっていうのに、『いるかい』もねえもんだ。とんだトボケた野郎だぜ」
オイラは、思わず苦笑してしまった。腹の目立ち始めたお信も、にこにこしながら、茶を入れ換えに台所に立った。
「やあ、勝さん、これが座敷牢かい。立派なもんじゃあないか」
「すっとこどっこい、牢を褒める奴なんかあるもんか」
「ははっ、それもそうだ。
ところで、聞いたぜ、赤ん坊ができたってね。生まれてくる子どものためにも、早くここを出なくっちゃな」
「ああ、だが、子どもは子ども、遊びは遊びだぜ。断りァあしねえよ」
「ふふっ、相変わらずの勝さんだ、安心したぜ。
実は、銭が入ったんで誘いに来たが、こんなに厳重な造りじゃあ、こっそり出ようっても到底無理だな」
「いや、話の次第によっちゃあ、無理が無理でなくなる。
こう、これを見ねえ」
触れた柱が、ぐらぐらする。
「ここの二本に細工をした。まだ使っちゃあいねが、いざ鎌倉という時には、こう……」
人が屈んで通り抜けられる寸法だけ、柱が抜ける。
「……なっているんでえ」
「こいつァあ便利だ。
よし、今日はおれの奢(おご)りだ。吉原(なか)に繰り込もうぜ」
話がまとまったその夜。皆が座敷に引き上げた頃に、外で鼠(ねず)鳴きの声がする。
「よし、隼太だな」
オイラは柱を動かすと、こっそりと外へ抜け出した。 |
続く |
2005/1/19 |
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