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第11回

第一話 落葉なき椎……麟太郎(りんたろう)誕生のこと
(十

(利平じじいに出っくわしたことを言って、思い出話でもお信としてえところだが、檻を抜け出したことをしゃべるわけにはいかねえなあ)
 そこで一人で、昔のことをあれこれと思い起こして、十数日を過ごした。
(じじい、まだ顔を出さねえな。あの歳だ、病でもしたんじゃあねえだろうなあ)
と心配し始めた頃、ひょっこりと利平じじいが現れた。
 どうやら、道の掃除だけではなく、江戸に詳しいのを見込まれて、いろいろの御用を承っているらしい。
「そんなわけで御用繁多で伺えず、失礼いたしました。
 うかがいますれば、お子が生まれるとのこと、誠におめでとう存じまする。ご新造さまも、お元気なご様子、この分なら良いお子が生まれることでしょう。この利平も安心いたしました」
 挨拶が終わる檻の内外を珍しげに眺めながら、
「小吉さま、先日はこの厳重な牢を破って外に出られたのですか?」
 尋ねたものだ。
「おう、そうよ。もし疑うんなら、今すぐにでも出てみせてやろうか。
 そうだ、面白え。
 利平、川縁(かわべり)の鰻屋を知っているな。あすこの二階でちょっと待っててくれ。半時もしねえ内に現れるってのはどうだ?」
 お信が聞いているとこで、あんなに朝早く現れた理由など聞かれては困る。オイラが牢を時々抜けているのは、お信も、うすうす感づいちゃあいるが、さすがに、それで吉原(なか)に遊びに行っているなんぞ、臨月の女房にゃあ聞かせられない。
 そこで、鰻屋で話そうということにしたのさ。
 例のとおりの手順で家を抜け出すと、利平じじいの待つ場所へと急いだ。
 鰻の丼を前に、折り目正しく座っている利平じじいがいた。
 あれやこれや語るうちに、ぽつりぽつりと、国に引っ込んでからの経緯(ゆくたて)を利平は喋り始めた--。

「小吉様もご存知のとおり、私の国というのは、上州は倉ケ野、ええ、中山道は高崎のちょっと手前、日光例弊使街道との追分があるところで。
 唯一人血を分けた甥がおりますものですから、そこへ厄介になろうと……。
 大旦那さまからいただいた金を三分の二渡し、これで大きな顔をして隠居ができる、と思ったのも、ほんの半年のことでございました。手堅い商いをする、実直な甥だと信じていたのですが、実は辺りで流行りの博打に、すっかり身上(しんしょう)をつぎ込んだ上に借金までしており、そこへ、私が現れたということで……。
 半年で三分の二の金がなくなり、もう三分の一を召し上げられて、それもなくなるには、一月半も掛からなかったでしょうか。
 金がなくなると邪険にされるのは、どこも同じこと。甥の女房には、博打の借金が返せないと言っては責められ、甥からはもっと銭はないのかと強(こわ)催促され、長居しようにも気が保ちません。プイと家を出ると、足はひたすらお江戸を目指しておりました。
 江戸へ出ても、一度お暇をいただいた、男谷の家にお邪魔するわけにもまいらず、知り人の間を、ここで五日、あそこで十日と過ごしている内に、以前から、顔を見知っていてくださったお方に偶然お目にかかった。それが、平戸新田藩の江戸留守居役の田宮さま、というわけで……。
 お長屋を頂戴し、お庭の掃き掃除やら、他藩への使いやらで、それなりにお役に立っておりました。
 秋が更けると今度は、田宮さまから、朝早く道の落ち葉を掃くようにとのご命令。わけを問えるような身分じゃあございません、ただ、言われたとおりにするのが、今のしごとで」
ここまでつかえつかえ語った利平じじいは、「ほー」と大きな息をついた。
続く

2005/2/9

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