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第12回

第一話 落葉なき椎……麟太郎(りんたろう)誕生のこと
(十

 親父殿に楯突いてくれた、あの利平も、さすが年には勝てねえワ……
 感慨も一入(ひとしお)ではあるが、小吉は好奇心を押さえることはできない。
「それが、近頃噂の〈落ち葉なき椎〉の正体だってわけだのう。
 だが、田宮とか言う奴も、誰かの差し金でやらせたに違いねえ。
 本当のところ、誰が何のためにやらせたんだエ?」
 初めは口ごもっていた利平じじいだが、小さな時から、オイラは自分が知りたがったことは、何としてでも聞き出そうとする癖があることを思い出したようだ。「隠しても無駄だ」と思ってか、今度は若い頃を思い出させるような口調で、すらすらと説明し始めた。
「小吉さまもご承知のこととは思いますが、今の松浦豊後守さまは、ご本家・平戸藩の壱岐守さまの、実の弟君。お父上は、まだご健在で、北本所の下屋敷にいらっしゃいます」
「ああ、今では静山とか名乗っている爺さんだな」
「さようで。その静山さまには、一つだけ困った道楽がございます」
 道楽と言えば、女道楽にしろ芝居道楽にしろ、世間では、無駄金を使ったり、仕事に身を入れなくなると思われているが、お大名の道楽ともなると、下々の並の規模では済まないようだ。というのも、一人で楽しんでいる分にはいいのだが、どうしても、回りの人間を巻き込んでしまうからだ。
 そのいい例が、静山の道楽。何と言えばいいのか、変わったもの、奇妙なものについて、いろいろ知り、それを記録に残しておきたいという道楽だ。聞き知ったことについては、子細に書き記し、最近ではそれに『甲子夜話(かっしやわ)』と名付けているそうな。
『甲子夜話』に載せられた記事の範囲は広く、近頃大坂で起こった「大塩平八郎の乱」、紅毛人の事件から、身近なところでは河童や化け猫にまで及ぶという。
「先日などは、本所に河童が出たという噂をお聞きつけになりますと、ご家来衆を召しだされ、本所中を何日も捜し回らせたと申します。それも、隠居付のご家来だけならまだしも、ご本家やご分家の家臣まで勝手にお使いになり、今のご藩主さまは、大変に迷惑なさっていると……」
「わわっ、ははっ。そいつは面白え爺様だ。下々にとっちゃあ、別にかまわねえと思うが、藩主ともなれば、それは迷惑な話だろうて。隠居とは言え、その爺様は、まだまだ家臣どもへは力を持っているんだな」
「ええ、その通りで。確かに、ご隠居さまにとってみれば、ご藩主はまだ若輩、力不足の息子に見えましょうから、ご遠慮などありませんのでな」
 そこで、兄弟--本家・平戸藩主と分家・平戸新田藩主とが顔を突き合わせて相談し、『迷惑を避けるには、こちらから話題を提供するにしかず』となったのだそうな。それならば、大勢の家来を動員されることもないし、幕府からとやかく言われないように、内容も吟味できて一石二鳥というわけだ。
「なるほどなあ、聞いてみりゃあ、別に不思議でも何でもねえ。
 でも、今までよく掃除のことが人に見つからなかったのう」
「ええ、あの道を、あの刻限に通るのは、小吉さまぐらいのもので……」
「違えねえ、ふふふふっ。
 次は、おれの番だ。
 どうだえ、オイラのとこへ来ちゃあくれまいか?」
  こう切り出すと、利平じじいは目を白黒させた。
「知ってのとおり、オイラのとこに子どもが生まれる。いや、先だってもお信とも話したんだが、こんな時、おめえがいてくれれば、赤ん坊を親身になってあやしてくれるだろう、ってな。
 いや、松浦の屋敷でも大事にはしてくれるだろうが、所詮は他人ばかりのとこだ。オイラにとっても、おめえは血の上では他人には違いねえが、昔っからの知り合いともなりゃあ、とても他人とは思えないのヨ。
 頼むから、また家の面倒をみちゃもらえないか?」
 オイラの語りかけに、ついに首を縦に振ってくれた。
「ありがてえ、ありがてえ。これで、お信も喜ぶぜ」
 一度屋敷に戻った上で、また参上する、という利平と別れると、今の話を一刻も早くお信に知らせたくなり、オイラは家へ急ごうとした。が、足がいうことを聞かない。ついつい、北の方角へとむかった。言わずと知れた吉原通いさ。
続く

2005/2/16

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