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第13回

第一話 落葉なき椎……麟太郎(りんたろう)誕生のこと
(十

 産声に、一室に集まった男どもは、歓声を上げた。
 長兄の彦四郎は、謹厳実直な顔を笑み崩している。
 次兄の三郎右衛門は、常の不仲も忘れて、何か納得したかのように頷きを繰り返している。
 従兄弟の精一郎は、目を瞬かせてしきりに、空の茶碗を口に当てたり戻したりしている。
 小林隼太や小野兼吉といった悪友連中は、「酒だ、酒だ!」と大騒ぎ。
 中でも感慨一入なのが、父上だったそうだ。これで養家への義理が果たせたのだ。ほっと一安心したのと同時に、孫が独り増えたのを、あの子供好きの親父殿が喜ばないわけはない。
 オイラがこっそり帰ってきたのは、そんな大騒ぎの中だった。親父殿は、物音を耳聰く聞きつけると、廊下にすっ飛んできた。
 牢を抜け出したのを怒って、すはまた刃傷(にんじょう)騒ぎか、と一瞬ひやりとしたが、顔にはほたほたした笑みが浮かんでいる。
「牢に入っていねばならぬお主が、どこをほっつき歩いて、留守にしておった!
 勝家嫡男のご誕生だぞ。喜べ、喜べ」
 親父殿は、上がり框に足を掛けたオイラに近寄り、力一杯に肩を叩いた。
 奥の産室からは、赤ん坊の大きな泣き声が聞こえる。
 いつもなら、親父殿の言には(何を言ってやがんでえ)としか思えないオイラも、今日ばかりは素直に耳を傾けることができた。
「父上、有り難う存じまする……」
と、柄にもなく涙声になってしまった。父上も笑顔が涙顔になった。
 上ってきた朝日は、突然、隣家の軒から顔を出した。
 その瞬間、黄金の粉が吹きつけたように見えた。
 光の粉は、涙を溶けた金属のように見せてくれる。
 こうして生まれたのが、あの「麟(りん)」の字ってわけだ。
 文政六(一八二三)年一月三十日、早朝のことであったよ。

 その年、風の噂で、河内山宗春が獄死したと耳にした。けれども、オイラは、初めてのわが子に夢中で、さしたる感慨を抱くことはなかった。ちなみに、檻を出されたのは、二十四歳の冬のこと。この年、「麟」の字は、もうすでに三歳であったワ。

2005/2/23

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