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第二話 狸ばやし……勝小吉(こきち)喧嘩仲裁のこと
(一)
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「スッテン テテテン テン ドドドン
締太鼓の調子には、大胴(大太鼓)が絡みます。
チャンチャン チャンチキ ピー トロロッ
鉦(かね)の調子には、篠笛(とんび)の節が。
本所には毎夜、楽し気なお囃子が流れていました。
けれども、楽し気なのは音曲だけ。みんなは、
『また、始まったぞ!』
『どこで鳴らしているんだい?』
『それが分かれば、呑気に聞いてられるんだけどなあ』
『今日は東の方のようですね?』
『いや、西からじゃあないのかい?』
と口ぐちに言うばかり。
音がどこから流れてくるのか、探した人もいますが、突き止めた人は一人もいません。
夜も更けるにつれて、音曲はヤマ場を迎えます。
夜空にお囃子が流れます。
八っつぁんも、熊さんも
ご隠居さんも、お花ぼうも
みんなは音に心をかき乱されます。
月も星も、黒い雲に隠されました。
場所も知れないお囃子を、やがてみんなは、
狸ばやし〉
と呼ぶようになりました、とさ」
*
「ご隠居さま、それでは〈狸ばやし〉の正体をつかめと?」
「そうじゃ、そうじゃ。
『士は怪力乱神を語らず』と申すが、語るのはよろしい。悪しきは
その正体を突き止めずして、みだりに怪しとすることじゃ。
われらが、その正体を暴いてくれようぞ!」
ご隠居は、肥前平戸藩六万一千七百石の元藩主、松浦静山侯。
江戸時代の代表的な随筆集『甲子夜話(かっしやわ)』を書いたお方である。
この『甲子夜話』なる著作、上は大名・旗本の逸話から、下は河童や狐つきなど市井の奇譚までと、内容は幅広く、正続三編二百七十八巻(平凡社刊「東洋文庫」でも、正続三編合わせて全二十冊!)と分量も膨大。ただ話を集めるだけでも尋常な好奇心ではないのに、ご自分のコメントまで付して書き表したのだから、その執念たるや、ただならないものがある。
そのご隠居の好奇心が、今度は本所で噂の的〈狸ばやし〉に向けられた。
「何とか申したのう、直参で小普請組の……。
以前、わしも目通りしたではないか!」
「……勝、小吉、殿、でございますか?」
「そうじゃ、そうじゃ、勝と申したのう。
彼の者は、本所に詳しいはず。それに小普請組とあれば、無役で暇はいくらでもあろう。相談などして、宜しなに取り計らえ!」
ご隠居とはいえ、まだ矍钁として、藩全体に睨みを効かせている。
まさしく、
「鶴の一声」。
ご隠居付きの奥用人・池内左兵衛は、早速、小吉と面談することになった。
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「お信、ちょっくら出掛けてくるぜ」
久しぶりに帰ってきて顔を見せたと思ったら、すぐにまた外出。
(ほんに、落ちつかない旦那様。家のことでご相談申し上げたいこともあるのに……)
いつも顔に笑みを絶やさない小吉の妻・お信ではあるが、内心ではいささか愚痴りたいこともある。手にした、何やら紙片らしきものを懐にすると、主人の外出支度を手伝い始めた。
(梅雨が明けたか、明けないかはっきりしないから、雨支度もしてさしあげなければいけない)
と思いながら、
「今度はどちらに……?」
手は休めずに、静かに問いかけるお信である。
外出先など問うと、怒鳴りつける夫も世間には多いとか。
(こういうところは、お優しいから……)
そこはかとない安心感に包まれて、笑みが深くなる。
「おめえも知ってるだろ? 平戸藩の池内さんのとこだ」
「それじゃあ、番場町の伯父さま(男谷忠之丞。鳩斎)のご近所じゃあありませんか。
麟太郎もちょくちょくお邪魔をしていることだし、たまには、伯父さまのところにも顔をお出しになって、ご挨拶なさった方が……」
「ああ、しばらく不義理をしてるんで、たまにはそうしなけりゃあいけねえとこだが、顔を合わせると小言を食らっちまうからな。
じゃあ、行ってくるぜ」
この家の主人は、一度外へ出ると、今度はいつ帰ってくるか分からない。
(けれど、最近は〈遊び〉じゃあなくて、お役に就くための〈稼ぎ〉らしいから……)
と心に言い聞かせて、式台に三つ指をつく。
「行ってらっしゃいまし」
小吉を愛想よく送りだした。 |
続く |
2005/3/2 |
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