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第14回

第二話 狸ばやし……勝小吉(こきち)喧嘩仲裁のこと
(一)

「スッテン テテテン テン ドドドン
 締太鼓の調子には、大胴(大太鼓)が絡みます。
 チャンチャン チャンチキ ピー トロロッ
 鉦(かね)の調子には、篠笛(とんび)の節が。
 本所には毎夜、楽し気なお囃子が流れていました。
 けれども、楽し気なのは音曲だけ。みんなは、
『また、始まったぞ!』
『どこで鳴らしているんだい?』
『それが分かれば、呑気に聞いてられるんだけどなあ』
『今日は東の方のようですね?』
『いや、西からじゃあないのかい?』
と口ぐちに言うばかり。
 音がどこから流れてくるのか、探した人もいますが、突き止めた人は一人もいません。
 夜も更けるにつれて、音曲はヤマ場を迎えます。
 夜空にお囃子が流れます。
 八っつぁんも、熊さんも
 ご隠居さんも、お花ぼうも
 みんなは音に心をかき乱されます。
 月も星も、黒い雲に隠されました。
 場所も知れないお囃子を、やがてみんなは、
 狸ばやし〉
 と呼ぶようになりました、とさ」
                   *
「ご隠居さま、それでは〈狸ばやし〉の正体をつかめと?」
「そうじゃ、そうじゃ。
『士は怪力乱神を語らず』と申すが、語るのはよろしい。悪しきは
その正体を突き止めずして、みだりに怪しとすることじゃ。
 われらが、その正体を暴いてくれようぞ!」     
 ご隠居は、肥前平戸藩六万一千七百石の元藩主、松浦静山侯。
 江戸時代の代表的な随筆集『甲子夜話(かっしやわ)』を書いたお方である。
 この『甲子夜話』なる著作、上は大名・旗本の逸話から、下は河童や狐つきなど市井の奇譚までと、内容は幅広く、正続三編二百七十八巻(平凡社刊「東洋文庫」でも、正続三編合わせて全二十冊!)と分量も膨大。ただ話を集めるだけでも尋常な好奇心ではないのに、ご自分のコメントまで付して書き表したのだから、その執念たるや、ただならないものがある。
 そのご隠居の好奇心が、今度は本所で噂の的〈狸ばやし〉に向けられた。
「何とか申したのう、直参で小普請組の……。
 以前、わしも目通りしたではないか!」
「……勝、小吉、殿、でございますか?」
「そうじゃ、そうじゃ、勝と申したのう。
 彼の者は、本所に詳しいはず。それに小普請組とあれば、無役で暇はいくらでもあろう。相談などして、宜しなに取り計らえ!」
 ご隠居とはいえ、まだ矍钁として、藩全体に睨みを効かせている。
 まさしく、
「鶴の一声」。
 ご隠居付きの奥用人・池内左兵衛は、早速、小吉と面談することになった。
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「お信、ちょっくら出掛けてくるぜ」
 久しぶりに帰ってきて顔を見せたと思ったら、すぐにまた外出。
(ほんに、落ちつかない旦那様。家のことでご相談申し上げたいこともあるのに……)
 いつも顔に笑みを絶やさない小吉の妻・お信ではあるが、内心ではいささか愚痴りたいこともある。手にした、何やら紙片らしきものを懐にすると、主人の外出支度を手伝い始めた。
(梅雨が明けたか、明けないかはっきりしないから、雨支度もしてさしあげなければいけない)
 と思いながら、
「今度はどちらに……?」
 手は休めずに、静かに問いかけるお信である。
 外出先など問うと、怒鳴りつける夫も世間には多いとか。
(こういうところは、お優しいから……)
 そこはかとない安心感に包まれて、笑みが深くなる。
「おめえも知ってるだろ? 平戸藩の池内さんのとこだ」
「それじゃあ、番場町の伯父さま(男谷忠之丞。鳩斎)のご近所じゃあありませんか。
 麟太郎もちょくちょくお邪魔をしていることだし、たまには、伯父さまのところにも顔をお出しになって、ご挨拶なさった方が……」
「ああ、しばらく不義理をしてるんで、たまにはそうしなけりゃあいけねえとこだが、顔を合わせると小言を食らっちまうからな。
 じゃあ、行ってくるぜ」
 この家の主人は、一度外へ出ると、今度はいつ帰ってくるか分からない。
(けれど、最近は〈遊び〉じゃあなくて、お役に就くための〈稼ぎ〉らしいから……)
 と心に言い聞かせて、式台に三つ指をつく。
「行ってらっしゃいまし」
 小吉を愛想よく送りだした。
続く

2005/3/2

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