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第二話 狸ばやし……勝小吉(こきち)喧嘩仲裁のこと
(四)
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「お信、分かったぜ!」
これこれしかじか、と小吉は『辰巳之園』を見せながら説明する。
「おめえに似て、麟の野郎は学問好きだ。それは、もちろん悪いこっちゃあねえが、このままじゃあ〈本の虫〉になって、身体を悪くしやしねえかと、オイラは心配してたんだ。だが、これを見ると、身体を動かすことも、まんざら嫌いというわけじゃあないらしい」
小吉の気楽な発言に、お信は遠慮がちに、
「でも、父親が相手をしてやるのが、一番なんですけどねえ……」
と指摘した。
「そりゃあ、オイラが相手をしてやれれば、いいんだが……。
そうだ、その内、平山先生のとこに連れていこう。あすこなら、無理やりにでも身体を鍛えてくれる。それに、学問もできないわけじゃあなし。
そうしようぜ、お信」
「それまで、できるだけ、麟太郎の相手もお願いします」
母親は頭を下げて、そう頼んだ。けれども、父親は自分の思いつきに夢中で、他人のことばは耳に入らないようす。
「なにしろ、平山先生は、槍は大島流、柔術は渋川流、砲術は武衛流、その上、長沼流の軍学まで修めた方だ。麟の野郎のためになるぜ、なあ、お信」
と、呼びかけられて、ひょいと最前来ていた手紙のことを思い出した。
「あっ、旦那さま、お留守の間に、こんなものが来ていました」
小吉が中を開き、声に出して読むと、
「よたうたかた
いたぬたのたこたくた
おたしたあたげたむたらた
じたしたよたいたんたにたてた
ほたんたどたうたでたまたつた
ご存じ狸より」
とあった。
「また、唐人の寝言か!」
聞いていたお信は、
「さっきの唐人語と同じだわ」
と独りごちた。
「なあに、さっきと同じ?
何が同じなんでえ?」
「麟太郎の落書きは、『カキクケコ』を抜けば、意味が分かりました。今度の手紙は『狸より』とあるから、文章から『た』の字を抜けばいいんじゃあないかしら」
「『たぬき』だから、『た』を抜けばいい?
どれどれ、『よたうたかた』から『た』を抜いて『ようか』。
『用か』じゃあおかしい。
『八日』? それなら、今日のことだ。
『いぬのこく』。
『戌の刻』には、まだ、しばらくある。
『おしあげむら』。
『押上村』、柳島の妙見さまへでも行こうって誘いか?
『じしよういんにて』。
お信、知らねえかい?
えっ、押上には『自性院』って寺がある?
ああ、そういえば、オイラも妙見さまに参詣に行ったとき、寄ったことがある。無住の荒れ寺だ!
『ほんどうでまつ』。つまり『自性院の本堂で待ってる』ってことか。
こいつぁあ剣呑だぜ。どこのどいつか知らねえが、オイラに果たし状を突きつけてきやがった!」
小吉は、最前の麟太郎の話などどこへやら、刀を引っ掴むと、畳の埃を蹴立てて出掛けていった。
いつもとは違ったあわてぶりに、お信は嫌な予感がした。
「という手紙なんでえ。
オイラもいろんなとこで悪さをしているから、恨んでいる奴はいくらでもいる。喧嘩と違って、果たし合いだと、万が一ということもある。済まねえが、その時には、お信と麟の野郎のことは宜しく頼むぜ」
と一気に言って、頭を下げた小吉に、精一郎は、
「小吉っつあん、水臭いことはなしにしましょうよ。万が一のことを頼むより、万が一にならないようにと頼んでください。
私もご一緒しますよ。
喧嘩じゃあ、小吉っつあんには負けるかもしれないが、斬り合いには自信がある。これでも団野先生の一の弟子、喜んで助っ人になろうじゃあありませんか」
と言って、ニヤリと不敵な笑いを浮かべた。
精一郎もまだ若い。小吉と同じ男谷家の血が騒ぐ。
「そいつァあ、心強いやな。
もう一つ、頼みがある。誰か雇い人を、柳橋の船宿〈近江屋〉へ使いに出しちゃあくれねえか。
いや、こんなときに、粋な話なんかじゃあねえよ。今度の果たし合いは、何か〈狸ばやし〉とつながりがあるような気がする。だから、金さんという男に知らせておきてえんだ」 |
続く |
2005/3/23 |
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