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第二話 狸ばやし……勝小吉(こきち)喧嘩仲裁のこと
(五)
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梅雨はすっかり明け、早くも夏を迎えた江戸の町。
南本所割下水沿いの道を、二人の侍が歩いている。
一人は小太りで、襟元を緩められるだけ緩めた、まことにだらしのない恰好。顔から胸まで汗まみれである。
もう一人は、対照的にがっしりした長身で、羽織袴の謹厳な服装を緩めることもない。にもかかわらず、額に汗一つかいていない。
まだ昼間の熱気を保ったままの西日が、二人の背中に照りつけている。顔は影になってはっきりしないが、どうやら小吉と精一郎の二人らしい。
小太りの男が、胸元の汗を手拭でふきとりながら、隣の男に話しかけた。
「精さん、こうして肩を並べて歩いてると、昔のことを思い出すな
あ。十二、三年……も前のことになるか……。
オイラが十四、五の頃、精さんは十八、九だった……。
源兵衛って用人が、番場町の家にいたのを覚えてるかい?」
「忘れるものですか。あいつが、小吉っつあんと私に、喧嘩のしかたを教えてくれたんだ。
あれで、喧嘩には胆力だけではなく、剣術とはまったく違った呼吸が必要だってことを覚えましたよ。それが今になって他流試合に生きているとは、さすがの源兵衛さえ、思いもつかなかったでしょうよ」
河岸沿いの木立から、暑苦しい油蝉の声が降ってくる。
小吉は、それに負けないような、やや高めの声で精一郎に話しかけた。
「近藤弥之助のとこの小林隼太が言ってたよ。精さんと最初に試合ったときには、『噂ほどにもない弱い奴だ』と思ったってな。何でも、わざと三本に一本は負けてやるんだって?」
「はい、それが、喧嘩とは違う試合の呼吸で。あまり叩きのめしてやると、かえって恨みをかって、闇討ちなどの災いともなりかねませんから」
「なるほどねえ。
でも、今晩のは、試合じゃあなくて、真剣勝負の果し合い、命のやりとりになるかも知れねえ。
こんなことに巻き込んで言えた義理じゃあねえが、覚悟はいいな?」
「男谷の縁戚に小吉っつあんがいるのが、身の不運。最初から覚悟はできてるようなものですよ。
フフフフッフッ」
「違いねえ。
ハハハハッハッ!」
二人の笑い声は、東から忍び寄ってきた夕闇に溶け込む。
本所の町に、ぽつりぽつりと商家の明かりが灯り始めた。
と、その時、闇の中から葛西囃子の音が、うっすらと聞こえてきた。
テケテンテン オヒャラトーロ、チンチキ チンチキ、テケテンテン……。
ごく陽気な調子なのだが、祭りがあるわけでもないのに、どこからともつかず闇の中から聞こえてくると、不気味な雰囲気を醸しだす。
小吉と精一郎の二人は、〈狸ばやし〉を耳にしながら、割下水沿いの道を十間川に突き当たり、平戸支藩・松浦豊後守の下屋敷の角を左に折れた。
この辺りになると、本所とは名ばかり。町家がところどころに固まってある他は、寺や下屋敷が田の中に散らばっているだけ。
二人は黙って、左右に油断なく目を配る。
自性院のある押上村に近づくにつれ、風に乗った囃子の音が大きくなってくる。柳島町辺りの商家からは、小僧や番頭が心配そうな顔を、暖簾の陰からのぞかせている。
「また〈狸ばやし〉が始まったぞ」
「なんぞ、妙なことでも起きなきゃあいいが」
などというささやきが、二人の耳に入ってくる。 |
続く |
2005/3/30 |
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