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第二話 狸ばやし……勝小吉(こきち)喧嘩仲裁のこと
(六)
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自性院と名は厳めしいが、十年ほど前に住職が不行跡をはたらいたとかで追い出され、今までずっと無住。檀家もいなくなったのか、建物も庭もすっかり荒れ果てたままに。
二人は目で合図し、朽ちかけた裏門をくぐった。
それをきっかけにしたかのように、囃子の音もピタリと止まった。
小吉には、駿河台の屋敷に住んでいた八歳のころの記憶が、突然蘇った。
(ふふっ、妙なものだぜ。オヤジが隣の〈化け物屋敷〉の原でやらせた〈度胸試し〉を思い出すなんて)
三百坪の敷地は闇の中。
けれども、小吉は、この寺の様子を知っているようで、とある離れ屋に入りこんだ。闇に目が効くらしく、精一郎も、その後に続く。
「フフフフッ、まるで〈度胸試し〉ですな」
「オイラも餓鬼の時分のことを思い出してた。
ああ、あれが〈狸の手紙〉にあった本堂だ」
「あそこから人の気配がしますね。果し合いにしては奇妙だ。気配を消そうともしないし、ましてや殺気などはまったくない」
「だから、ふたぁりとも〈度胸試し〉のことなんか思い出したんだな。
おっ、灯が漏れた。
精さん、酒や料理のいい匂いがしねえかい?」
「ふむ、ふむ。そう言われれば……。踏み込んでみましょうか?」
それでも隙のない身ごなしで、するするすると本堂へ近寄る。
ガラッ!
片手を刀の柄に置いたまま、二人は同時に本堂の扉を引き開けた。
本堂には、十数人の若侍がいた。
「なんだ、果し合いじゃあなくて、おめえたちの企みか。
何を考えていやがったんでえ?」
若侍たちの前には、大胴、締太鼓、笛、鉦と、囃子の道具が。
「ははあ、おめえたちが〈狸ばやし〉をやっていたのか。
で、おいらに用ってえのは何でえ?」
小吉は、そう言うと、本尊の前に大胡座をかいて、辺りを睨み回した。
若侍の中から、一際こざっぱりとした恰好の男が出てきた。小吉も精一郎も顔見知りの旗本・植村家の三男坊、植村平三郎だ。
「小吉さん、ご足労をお懸けして……。
いやあ、男谷の先生まで御入来とは、恐縮至極。
確かに、〈狸ばやし〉はあたしたちの悪戯で」
平七郎の語るところによれば、彼を中心にした南本所の若侍連中が、
〈狸ばやし〉
の悪戯を始めたという。
「ええ、いろんな人が正体をつかもうと、歩き回っていたのは知ってます。それでも見つからなかったのは、あたしたちが船に乗っていたからで……」
深川は、ほとんどが海を埋め立ててできた土地だから、水路が四通八達しているのは、よく知られたところである。だが、本所も、それに負けず劣らず、水運の便の良いところ。北には源森川、東には横川・北十間川、南には竪川・小名木川、それ以外にも、名の付いていない小流れが無数といっていいほどある。いざとなれば、西の大川を利用して姿を眩ますこともできる。
「でも、猪牙じゃあ、そんな大人数は乗せられめえ。船頭一人に客二人が定式、無理しても三人か四人ってとこだ。それに、すぐに正体がばれるのが落ち……」
「いや、船と言っても、猪牙や艀なんかじゃあありません。大胴一挺、締太鼓が二挺、笛に鉦の大一座、もちろん、そんな小さな船には乗り切れません。ですから、知り人を頼んで〈荷足(にたり)船〉を雇ったんで」
(こいつら碌なことはしねえくせに、妙なことに頭が回りやがる)
と、自分のことはさて置いて、非難半分感心半分で、小吉は問いを続けた。
「〈荷足船〉ってのは何でえ?」
「日本橋小網町の河岸から行徳へ通ってる〈行徳船〉はご存じでしょう?」
「小名木川、新川と通っているやつかい。ああ、もちろんよく知ってるよ。
ははあん、あれに使ってる船か」
「小吉っつあん、あの船なら囃子の大一座だけじゃあなくて、祭りの山車だって乗せることができるよ」
精一郎も〈行徳船〉の様子を思い浮かべて、こう言った。 |
続く |
2005/4/6 |
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