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第20回

第二話 狸ばやし……勝小吉(こきち)喧嘩仲裁のこと
(七)

「男谷の先生のいう通りなんで。
 あたしたちは、囃子方を二組乗せましてね、片一方が酒盛りをしている間、もう一方が〈狸ばやし〉に励むって寸法で。
 それに、あの船に苫で仮屋を葺けば、万一、川を覗かれても、誰にも気がつかれないという……」
「よく、悪い方に頭の回る奴だ。
 仕掛けは分かった。
 で、オイラを呼び出したのは?」
「それは、私の方が言い出しっぺなんで……」
 狸面をした若侍が、一座の中から抜け出してきた。
「おめえは確か、北本所は三枝んとこの……」
「ええ、源三郎の弟で、三枝源十郎と申します」
 千二百石取りの大旗本〈ご大身〉の子弟らしく、鮫鞘の小刀に羅紗の羽織と、金のかかった身なりをしている。
(こんなことに使える余分な銭金がオイラにあれば、いくらでも麟の野郎の相手をしてやれるのによ……)
 と、一瞬、子どものことが頭を掠めた。
「南本所の平三郎たちが、悪戯を始めたっていうので、私たちも〈狸ばやし〉をやることになりました。そうなるっていうと、南本所と北本所との境をめぐって、喧嘩騒ぎにもなってきます。
 その騒ぎを聞きつけた親父や兄たちからは、それぞれに大雷が落ち、今夜を最後に〈狸ばやし〉を打止めにしようとなったわけです」
「そいつは感心だが……」
「ええ、というわけで、〈狸ばやし〉のお終いに、北と南との喧嘩の手打をすることになり、勝さんに仲裁人をお願いしたいと思ったんですが……。
 ただ、お呼びするだけでは能がない。
 私のあだ名が〈北本所の狸〉というのに因み、〈狸の手紙〉を出したというわけで……」
「おいらが、あの手紙を読めなきゃあ、どうしたんでえ?」
〈狸〉の源十郎は、平三郎の顔をチラと見て、
「……〈狸ばやし〉は終わっても、北と南の喧嘩は続くことになったでしょう。
 まあ、これも一つの賭で、私は勝さんが来る方、平三郎は来ない方に、なにがしの金銭を……」
「平三郎! おめえ、おいらが無学だから読めねえと踏んだな!」
 小吉の大声が、破れ寺の本堂に轟いた。怒鳴られた平三郎は、ビクッとしたが、小吉の方を見ると笑い顔だ。
「まあ、怒るのは止しにしよう。さっそく手打ちだ、手打ちだ!」
 本堂にいた若侍たちが、本尊の回りに集まってくる。
(平戸のご隠居や金さんには、この顛末、なんて伝えればいいか……)
 と思いながらも、シャンシャンと両者を和解させた。

 和解といっても簡単な儀式故、直ぐに宴会に変わる。
 小吉は、苦手な酒を、次々に空けているように見えるが、それは見せ掛けだけ。けっして、正体をなくすような油断はしていない。
 その辺りが、喧嘩慣れした小吉の〈年の功〉。
 男谷の先生ということで、精一郎は書院に連れていかれ、若侍たちに酒を注がれる。しかし、いくら勧められても一口も飲まない。
 もし席が乱れて、またも喧嘩になった場合には、止め男を務めるつもりらしい。こちらも、小吉に劣らず喧嘩慣れしている。
 宴も盛りを過ぎ、本堂のそこここで横になる若侍も出るころ、
「小吉さん、小腹が減ったんじゃあありませんか。実は、面白いもを誂えてあるんですよ」
 と言った平七郎は、台所に連れていった。
 丼の蓋を開けた小吉は、
「ほう、蕎麦に揚げ玉を乗せたのか。妙なものを食わせるな」
 と言いながら、ずずっと蕎麦をすする。
「ふむ、酒を飲んだ後にゃあ、油が効いておつな味だ。
 この蕎麦は、なんていうんだい」
「なんでも、佃島の漁師が、白魚の網を仕掛けてから上げるまでの間に作ったことから、所では〈上げ間蕎麦〉というそうで……」
「へええ、網を上げる間に作ったから〈上げ間蕎麦〉か。
 普通、天麩羅の衣のカスは〈上げ玉〉っていうから、〈上げ玉蕎
麦〉とでも名付けそうなものだが、洒落て〈上げ間蕎麦〉……」
 何やら、ブツブツ言いながらも、小吉は一杯すっかり食べ切った。
「……できた!
〈上げ玉〉ならぬ〈上げ間〉なら、そいつァあ『た抜き』だ。今夜の話の元も、お誂え向きに〈狸ばやし〉。〈たぬき蕎麦〉ってえのはどうだ!」
「〈たぬき蕎麦〉たあ、上出来、上出来!」
 命名に熱中している小吉と平七郎の耳には入らなかったが、一人しらふでいる精一郎は、微かな葛西囃子の音を聞きつけていた。
 思わず傍らの佩刀を手にして立上がり、書院の窓から覗く。その目には、闇を透かしてうっすらと写ったそうな--狸どもが、本堂にあった囃子道具を手にして、楽し気に横川を渡り遠ざかっていく姿が……。
「スッテン テテテン テン ドドドン
 チャンチャン チャンチキ ピー トロロッ」

2005/4/13

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