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第三話 片葉の葦……勝麟太郎(りんたろう)「忍び」になりそこなうこと
(三)
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前日の昼前にちらちらした雪が、夜中に入って本降りになった。
「こいつぁあ、積もるわ。
お信、麟太郎に傘を用意しておいてやんな。明日は番場町に用足しにやらせる日だ。雪で濡らして風邪でもひかしちゃあつまらねえ」
そんなときに、一人の客が飛び込んできた。
お信に案内を乞うのももどかしく、勝のいる座敷に入ると、
「勝さん、先生がお亡くなりに……」
子竜の内弟子・栄次郎だった。泣くのをかろうじて堪えているのか、妙に怒ったような顔だ。
鍛えに鍛え、頑健な子竜の体力も、とうとう尽きたのだ。
「弱ってきたと、麟に聞いてはいたが、先生が、ついに……」
小吉は、しばし絶句したが、
「勝さん宛のお手紙を預かって……」
との声に、やっと我に帰ったようす。手渡された巻紙を開け、目を通す。今は懐かしい師匠の、特徴ある雄渾(ゆうこん)な文字だ。
「尺牘(せきとく)以て後事を頼み参らせ候……」
と始まる子竜の手紙には、粗々(あらあら)次のようなことが述べてあった。
中には、小吉が初めて耳にすることもあり、いささか驚かざるをえなかった。
「手紙で私の死後のことをお願いする。
葬儀など、細々した儀式めかしたことは、栄次郎に伝えてあるので心配することはない。
ただ、一つだけ気掛かりなのが、あの栄次郎のことだ。
あいつは勘当同然の身の上。おれの死後には行くあてがない。実は、あの男、武家ではなく町人の出。親は神田でも名の知られた金物問屋なのだが、おれについて武士としての修行がしたいということで、家を自分から追ん出てきた。
何でも先祖は、山内土佐守一豊侯の御弟君とのことで、家紋も土佐のご太守と同じ三葉柏。そんな血が、ここへ来させたとのかもしれん。なかなか覚悟はできている。
そこで、おまえを見込んで頼むんだが、おれが死んだら、屋敷の隅にでも置いてほしい。
おまえの暮らし向きは、なかなか厳しいとは聞いているが、食い扶持(ぶち)の心配ならいらない。あいつには、いろいろと教えてある。まだ未熟だが、剣の腕もそれなりに立つし、本草や医の手ほどきも済んでいる。むしろ、おまえの側に置いて、いろいろと自得させてやってほしい……」
「くれぐれも宜しく頼む」との末尾のことばに、
(精さんも相弟子なのに、おれに大事な弟子の後事を託してくださる。師匠がそんなに買ってくれていたとは……)
小吉は、目に熱いものを感じた。
*
「平山先生の死後、栄次郎さんは、オレの家の食客になった。食客といっても、実際には、オレの家庭教師のようなものサネ。
確かに食い扶持は、自分で稼いでいるらしく、夜は『上下(かみしも)十六文』の按摩渡世から、昼は読本の版下書きまで、まったく器用な人だった。
時には、オレの家の貧しい暮らし向きを見るに見かねて、食費を渡そうとしたらしいが、あんなオヤジだ。
『先生に面倒を見ろとは頼まれちゃあいるが、お前から暮らしの面倒を見てもらえとは言われちゃあいねえぞ!』
なぞと怒られた、と頭を掻いていた栄次郎さんを覚えている。
けれども、オレが栄次郎さんにいろいろ教わったのも、そう長いことではない」
乙羽は、海舟の履歴を簡単に書いたものを持っているらしく、手元に目を落とした。
「ああ、勝先生は、七歳の時から、お城勤めに……」
「ソウサ。どういう関係になるのか詳しいことは知らないが、勝の親類に大奥勤めの阿茶(あちゃ)の局(つぼね)というのがいた。その局が、オレに本丸を見物させてくれた。その時、たまさか紛れ込んだ場所に、文恭院(徳川家斉)公がいて、目をつけられた」
「さぞ、お可愛かったんでしょうな」
乙羽のお愛想に、海舟は「止せやい」とばかりに手を横に払った。
「小生意気だったのが、かえってよかったんだろうネ。
将軍家の孫・初之丞君のお相手に選ばれた。
まるで、殿様のような暮らしをしたものだヨ」
海舟は、何かを思い出すように、視線を遠くに投げた。
「それも、これも、初之丞君が亡くなったんで、元の黙網(もくあみ)。青雲を踏
み外すってやつサネ。オレも、とうとう『葉無しの葦』になっちまったかってガックリきた。
あの頃の親父殿は、露天商人をやってみたり、刀のブロオカアや目利きをやってみたりで、それなりの稼ぎはあったそうだ。それでも、所の親分と立てられていたから、使う方も半端じゃあなかったッケ。
そこへもってきて、オレの勤めも駄目になる。確かに貧乏のどん底を見たようなものだ。今までとはガラッと変わったので、信仰していた柳島の妙見さまに『困窮が直るように』と願を掛け始めた」
「その頃ですか、本所に『片葉の葦』の噂が広がったのは?」
「ああそう、オレが十六歳のころサ……」 |
続く |
2005/5/4 |
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