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第三話 片葉の葦……勝麟太郎(りんたろう)「忍び」になりそこなうこと
(四)
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「麟さん、勝さんが『百か日の行』に入ったそうだな?」
「ええ。私が犬に噛まれた時、妙見さまでお百度詣でをしたから命が助かったと信じ込んでいるんです。だから、今度も行をすれば、この貧乏からも救われると……」
麟太郎は、恥ずかしそうに栄次郎に打ち明けた。
「まあ、妙見さまの行が、実際に効くかどうかは知らないが、絶対に御利益(ごりやく)のある栄次郎さまの業をお見せしようか」
自信たっぷりの言葉に、今までも栄次郎には驚かされることの多かった麟太郎は興味をそそられた。
「で、どうするんです?」
「まずは、文章をまとめないとな」
「えっ、文章?」
意外な返事に、方法を想像することもできない。
「まずは、こうだ。
……『ここにお駒とて、本所深川きっての評判の娘ありけり。歳は二八、容姿優れて美しく才気あり、万事に聡き性なり。また、母お葭(よし)に孝養をつくし、いたれりつくせりの世話をやきけり……』」
と「文章」の出だしを、ありあわせの紙にすらすらと書き出した。
「美人がいれば、それにちょっかいをかける破落戸(ごろつき)が出てくるのがお約束、お約束……」
穂先を舐め舐め、そんなことをつぶやきながら、続きを筆にしていく。
「麟さん、お隣の家の仲間(ちゅうげん)、あいつ何と言ったかな?」
「留蔵」と応えると、
「よしよし、ちょうどいい、ヤクザ者にぴったりの名前だ……」
とものにしていく。
「出だしは、こんなところだな。
麟さん、いいかい、続きを読むぜ。
『名月あれば黒雲かかり、名花あれば毒虫の寄るは世の習いとかや。横網町の長屋に留蔵とて、博打渡世を営み喧嘩刃傷(にんじょう)を常としける男ありけり。お駒の評判を聞き、これに迫りて追うことしきりなり。
されどお駒、これを厭いて人を呼びて避けんとす。また、かくいつまでも、うつけたる事のみ好めるにやと、留蔵を詰(なじ)ることもしばしばなり』
と、こうだ」
麟太郎は、思わずその先が知りたくなり、
「それから、どうなるんです?」
と尋ねた。
「先が知りたいだろう? だから、いいんだ。まあ、麟さんにだけは、そっと教えてあげようよ」
栄次郎は悪戯っ子っぽく、麟太郎の耳元に囁いた。
「いくら留蔵でも、これだけ嫌われりゃあ、可愛さ余って憎さ百倍。
お駒をグサッ! 刺し殺して、その死骸は堀へ蹴込む。やがて、その堀の葦は、片一方の葉しか生えなくなる、留蔵は片葉の葦に取り憑かれたようにして狂い死にする、って因果話になるわけだ。
どうだい?」
「でも、その話をどうするんです?」
「御竹蔵のところに、片一方しか葉が生えない葦が沢山あって、『片葉の葦』と大評判だ……」
「……?」
全体の絵図が見えてこない麟太郎の頭の中は、まだ疑問符で一杯だ。
「そんな変わったものの噂があれば、その理由を、人はどうしても知りたくなるものさ。
それをオレたちが与えてやるってわけさ。しかも、只じゃあなくってね」
「平山先生の家の池に、やはり『片葉の葦』があって、子どものころ、栄次郎さんにその理由を聞いた覚えがあります」
「ああ、そうだったな。葦の生えているとこが、東なら東、西なら西と片側からしか陽があたらない、したがって、葉っぱが片っぽしか成長しないってことだったな。
可哀相なもんさ、まともに光が当たりゃあ、他の葦とおなじように育ったものを……。
でも、世間の連中は、そんなことより、お話の方が好きなのさ。何しろ、理屈の通らないことの方が多い世の中だ。せめて面白いお話でも読んで、一時(いっとき)でも楽しもうっていうのさな。
細工は流々、仕上げをご覧(ろう)じろってね。
おっと、いけねえ。絵を頼まなくっちゃあな。
誰に描かせるかな……。
おお、あいつがいい。
麟さん、絵描きのとこへ行くが、一緒に来るかい?」 |
続く |
2005/5/11 |
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