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第三話 片葉の葦……勝麟太郎(りんたろう)「忍び」になりそこなうこと
(七)
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「咸臨丸の航海じゃあ、攘夷派に命を狙われる騒ぎまで起こったよ。
いや、オレじゃあない、福沢(諭吉)だよ。オレはズルイから、そんな連中に命を狙われるようなことは言わない。
けれども、福沢は、まだ若いし真っ正直だから、
『鎖国攘夷だなんて言う奴は考えが狭い。いわゆる『井の中の蛙』で、議論など取るに足らない』
などと、船に乗る前から、言い言いしておった。
おそらくは過激な水戸辺りの連中が、それこそ藩の『忍び』でも使ったんだろうヨ。
一八六〇年三月二十二日、アメリカに到着してから四日後だ。
場所はサンフランシスコ。空が真っ青で、それはそれは、きれいな朝だった……」
*
「栄次郎さん、さすがアメリカは自由の国だ。仕事を離れりゃあ、主人と家来だって好きなことを言い合える。
『郷に入れば郷に従え』。オレたちも、その流儀でいこう」
海舟と栄次郎は、肩を並べてインターナショナル・ホテルを出た。目の前の広場の角には本屋があった。
そのショウウィンドウを覗いている日本人が一人。
福沢諭吉だ。
「『ウェブスター』の字引を手に入れる」
のだろう。
二人は、その方向に歩み始めた。
その時、咸臨丸の水夫が、福沢目掛けて近寄っていった。
男が手にした長い物から光が発した。
太陽が当たって光を反射した。刀だ。
(福沢、危ない!)
海舟が腰の刀に手をやった。
その一瞬、目の前を飛んでいったものがある。
栄次郎が投げた礫だ。
空気を切り裂き広場を飛んでいく。
礫は男の頭にめり込むような勢いで当たった。
男は衝撃で刀を取り落とす。
ガクッと両膝を着く。
その間、芝生の上を、袴姿の海舟は駆ける、駆ける、駆ける。
男にぶつかるようにして手を掛けた。
渋川流小具足の技が出る。
左手で襟を掴む。
脛で足を踏みつけて動きを封じる。
水月を二本の指が突く。
男は即座に気絶した。
福沢は、そのような騒ぎに気づきもしないで、まだショウウィンドウを覗いていた。
*
「怖いネエ!
栄次郎さんは、この旅の間ずっと、鉛の弾丸を手拭いに包んで懐に忍ばせていたっていうのだ。オレに危険が迫った時には、すぐに投げられる準備だったとサ。
怪しい男と見るやいなや、そいつを取り出して、すぐさま投げつけたのだ。
栄次郎さんも見たことがない男だっていうので、水戸の忍びじゃあないかと、オレは思ったのサ」
気絶した水夫を帯で縛ると、二人はホテルまで担いでいって、一室に閉じ込めておいた。
しかし、さすがは忍び、明くる日、話を聞こうとドアを開けた二人の前にあったのは、その男の物言わぬ身体だった。男は、舌を噛み切ってこと切れていた。 |
続く |
2005/6/8 |
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