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第32回

第四話 消えずの行灯……小吉、高野長英を匿うこと
(四)

「それが、この年4月初めのこと。
 まあ、たまたま重なることがあるものだ。同じ月中に、今度は、本所番場町の伯父(男谷忠之丞。精一郎の実父)の筋で、もう一人預かることになった。
 元々、居候の多い家だから、こんなことも不思議じゃあないんだが。もう一人の男というのが……」
                   *
「田中儀右衛門と申します。伏見で、こんなものを作り、商っております」
 開いた風呂敷から桐の箱が。紐を解いた箱からは、台に乗った一体の人形が現れた。小吉の留守宅で、これを見せられた麟太郎と栄次郎には、何が始まるのかトンと見当がつかない。
 儀右衛門という男が、箱のどこやらを触ると、ギリギリギリとゼンマイの音がして……。
 高さ四寸ほどの人形が、矢台から矢を抜き取った。
 人形は、その矢を弓につがえた。
 首をかしげ、狙いを定める仕種をする。
 ビシッ!
 という音と共に、矢が放たれた。
 矢は数間飛んで、畳に落ちた。
「的が置いてあれば、そこに当てることもできます」
 儀右衛門の説明の間も、人形は動く。
 顎を突き出し、さも得意気な動作。
「フーッ」
 固唾を飲んで一連の動作を見つめていた二人は、同時に息をついた。
「……これを、お前さんがお作りになったのかね?」
 栄次郎の質問に、おとなしそうに頷いた儀右衛門。
「ゼンマイの力を歯車で伝え、糸を引いてこいつに動作させます。すると、まず動くのが……」
 まだまだ、この客人は説明をしたそうな素振り。
                   *
「その当時は知らなかったが、〈からくり儀右衛門〉と言って有名な御仁だ」
「それじゃあ、芝浦製作所の……」
 乙羽は、海舟の説明に、東京湾沿いにある工場を思い浮かべた。
「そう、あの会社の元になったのが、儀右衛門さんが明治になって作た〈田中製作所〉だ。
 当時は伏見で、時計を主に製造販売していた。それが、お江戸でからくり芝居の興行をして、有名になろうとしたのが、かえって仇になったのサ」
「……?」
 当時の江戸のことを知らない乙羽は、表情でその先を海舟に促した。
「これも〈天保の改革〉の影響でネ。寄席が二百数十軒から一挙に十五軒に減らされる、ちょっと前だけれども……」
 町奉行たちは、寄席の削減には大反対。そのために、改革を先取りした形で、以前に出された禁令を厳しくせざるをえなかった。これによって人形浄瑠璃も、決められた芝居小屋以外の寄席などで興行することができなくなったのである。
「……そんな時にお江戸にやってきたんだから、儀右衛門さんも大弱り。〈無尽灯〉という、油を一か月ほどは補給しなくてもいい照明器具は試作段階だ。こちらを売ろうにも、完成には、まだ時間が掛かる、ということサ。
 そこで、ウチの縁戚である町年寄・樽屋三右衛門に泣きついた。
 さっき言った〈弓射り童子〉を見せられた樽屋も、オレたちと同様にその技術に驚き、すっかり信用したってわけだ。〈無尽灯〉を、競争相手には知られず完成させて、江戸での商売をさせてやろうってことで、オヤジのとこへ送り込んだ。きっと二つ返事で引き受けて、秘密の研究場所を見つけてくれるだろう、って、妙な信用があったんだな、オヤジには」
続く

2005/7/13

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