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第33回

第四話 消えずの行灯……小吉、高野長英を匿うこと
(五)

 小吉は留守ではあるが、今では勝家の当主となっている麟太郎。
 即座に思い浮かべたのが、長英を匿っている岡野の隠居所である。
 この年十七歳の麟太郎、人を見る目には自信がある、と言いたいところだが、そうもいかず、栄次郎と相談して、隠居所に送り込んだ。
                   *
「オレも若かったから、オヤジと張り合う気持ちがなかったとはいえない。
 結果としては、そうしたことが正しかったんだが、万が一、儀右衛門の名を騙る密偵だったら、オヤジにオレは切られていただろう。
 その位の覚悟はあったサ。いくら若いとはいってもネ。
 これでも、島田虎之助先生の元で修行した身だヨ」
                   *
 五月に入って、江戸に戻ってきた小吉は、麟太郎のこの処置については、何も言わなかった。というのも、留守の間に、本所に流れ始めた噂の方が、よっぽど気になったからだ。
 その噂は、
「誰もいないはずの旗本屋敷から、一晩中、眩しい明かりが漏れている」
 というのだ。
 これを人呼んで、
〈消えずの行灯〉。
 当時、夜の闇は深い。
 ましてや、江戸といっても、ここ本所は、〈墨引内〉という町奉行所の管轄地域にはなっているものの、元は下総国南葛飾郡にできた新開地である。ちょっと町場を出外れると、田んぼがあり雑木林があり、という場所。屋敷があっても、貧乏な小旗本や御家人の住まいが多く、遅くまで明かりを灯している家は少ない。
 月末・月初めの深い闇に、有明行灯などの乏しい明かりとは違って、皓々とした光線が漏れたのだから、土地の人々の驚いたこと。しかも、その光線は一晩中消えることがないのだから、たちまちに人の口に上るのも不思議はない。
 もし、〈消えずの行灯〉に町奉行所の興味が向けられれば、長英の潜伏場所が明らかになる可能性が強い。
 小吉は、取るものも取り合えず、長英と久重とを匿っている空き屋敷へと急いだ。
「長英さんも、医者とはいえ、一流の科学者でもある。自分の翻訳しごとがあっても、そばに〈無尽灯〉の完成に苦労している儀右衛門さんがいるとあっちゃあ、どうしても口を出したくなる。
 二人とも口が重く、人見知りをする質だが、オヤジが行った頃にゃあ、すっかり研究仲間として仲良くなっていたトサ」
 乙羽にも、二人の気持ちが分かるような気がする。自分のしごとを考えてみても、同じような分野に携わっている人間には、何とはなしに親近感が湧くものだ。
「それでも、オヤジが、これこれしかじかの噂が立ち、町奉行所の目が向けられかねない、と注意すると、二人はシュンとしたそうだ。
 けっして、それは杞憂とは言えなかった」
 海舟は俯いて、やや沈痛な口調になった。
続く

2005/7/20

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