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第五話 津軽の太鼓……小吉、津軽藩の悪巧みを暴くこと
(一)
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雨が蕭々と降っている。
風はないが、半刻に二度か三度は、木の葉の落ちる気配がする。
庵の軒から滴るしずくの音が、かえって眠気を誘うような天保14(1843)年、梅雨時の江戸の午後である。
連日の長雨だが、本所・深川とは違って、ここ鶯谷では水があふれ出すのを、さほど心配する必要はない。そんなことが、天保の改革騒ぎを一時でも忘れさせて、男の心を幾分安らかにしていた。
この男は勝小吉、言わずと知れた、海舟勝安芳(やすよし。麟太郎)の父親である。当年42、放埒無頼の一生を送ると信じられていたが、
何を思ったのか鶯谷に庵を結び、『夢酔独言(むすいどくげん)』と呼ばれる自叙伝を書き始めたところ……。
ゴシゴシと力任せに墨をすると、ちびた筆を硯に無造作につっこみ、穂にたっぷりと液体をふくませて紙に下した。
「おれほどの馬鹿な者は世の中にもあんまり有るまいとおもう。故に孫やひこのために、はなしてきかせるが、能く不法もの、馬鹿者のいましめにするがいいぜ」
一字一字紙に彫りつけるように、ゆっくりと書き出した。
書き出したが、
「ふあーッ!」
両手で天を突いて大欠伸(あくび)。やりつけないことゆえ、これだけで、もう一仕事を終えたような気に小吉はなっている。その手が思わず月代(さかやき)に触れる。
「こんな雨の日は古傷が痛みおるわ……」
傷の疼きとともに、いつものように40年ほど昔の情景が頭に浮かんできた。
「そう、あれは、ひい、ふう、みい、文化3年のことであったなあ……」
小吉には、折った指の間から、少年たちの声が聞こえてきた。
*
「長吉、さむれえなんかに負けんじゃあねえぞ!」
「天下の御直参が、町人ごときに負けてたまるか!」
--季節は冬、筑波颪の吹きつけてくる深川。
隅には材木が立てかけてある、その名も材木町の原である。
遠景には、油堀で釣りをする子どもたちや、樽から外した〈たが〉を回している子どもたち。
午の刻(昼の12時)近くの、青というより藍色に近い空には、白地に墨痕も鮮やかに「龍」と書かれた凧と、真っ黒な烏凧とが、ポッカリと浮かんでいる。
原の真ん中には、まだ幼い小吉ともう一人の子どもが凧揚げの真っ最中。小吉の糸の先には「龍」の文字凧が、相手には烏凧が。相手は、二つ三つは年かさらしく、小吉より身体も一回り大きい。その二人を取り巻くようにして、一団は侍、もう一団は町人の子どもたち、甲高い声を張り上げて、それぞれの代表を応援している。
小吉は、ニヤリと子どもらしくない不敵な笑みを浮かべて、烏凧の糸を持った相手の顔を見た。
「おい、長吉。おめえの負けだよ」
ツンツンと自分の糸を引いた。凧糸に細工がしてあると見え、長吉とかいう相手の糸はブツリと切れる。風にあおられた凧は、寝ぐらに急ぐ本物の烏のように、すごい速さで油堀を越え、八幡様の方にすっ飛んで行った。
小吉は得意顔で、侍仲間の少年たちの歓声の中、スルスルと糸を巻き、凧を下ろしていく。
凧が地上に下りると、今までキッと小吉を睨んでいた長吉は、
「こうしてやる!」
と飛び掛かった。この年頃、2?3歳の違いは大きい。ましてや奇襲である。文字凧はたちまち長吉の手に移り、ビリビリに破かれた。
「龍」の文字が、竹の骨といっしょにバラバラになって原に散らばる。
「この野郎、大事な凧に何をしやがる!」
いつの間にか小吉の手は、鋭い石をつかんでいた。それで長吉の面を殴ったのだから、たまったものではない。唇を切って、ボタボタと血を滴らした。長吉は、しばらくは自分の身に何があったのかに気付かず、手を顔に当て指先を染める血を見て、事態がやっと分かった。 |
続く |
2005/8/31 |
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