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第41回

第五話 津軽の太鼓……小吉、津軽藩の悪巧みを暴くこと
(三)

「ご本家津軽藩のご当主は、承保(つぐやす)侯とおっしゃって……」
「じれってえなあ。精さん、馬鹿っ丁寧なのは抜きにして、おいらの頭にもスッと入るように言ってくんねえ」
「かしこまりました。それでは簡単に」
〈簡単に〉
 とはいうものの、大名家の内情なだけに、人間関係は複雑だ。それでも精一郎は、不必要な部分を目一杯省いて、小吉に解説した。
 津軽藩の先代藩主・信順(のぶゆき)侯は、はなはだ評判が悪い。藩財政が悪化したのも、士風が弛んだのも、先代藩主の贅沢が原因だと思われている。そこで先代を押込め同然にして、養子である承保侯に家督相続をさせた。
「先代の押込めと、当代の相続を後押ししたのは、水野越前守だという噂がもっぱらです。今の藩主は、緊縮財政による『改革』が大好き、それに水野が押し進めている蝦夷警備にも大賛成ですから」
「なるほど。だが、それと黒石藩とは、どんな関係が……」
 小吉は頭をひねった。黒石藩が、津軽藩の分家であることや、「小津軽」と呼ばれていること以外、小吉は知らない。
「それを分かってもらうためには、こんなことを知っておいて……」
(やっぱり、じれってえなあ)
 小吉は、いささかうんざりした顔だが、大事なことらしいので、黙って聞く姿勢を保った。
「当代の承保侯が『改革』を行って余分な掛かりを減らしたのはいいのですが、それ以上の費用が蝦夷警備には懸かることが、最近になって分かったのです。
 水野の意に背くわけにはいかず、どうしたらいいか、と悩んでいた。そこへ付け込んで、悪知恵を働かした奴が、津軽藩にいたんですな。
 それが江戸留守居役、こいつは『妖怪』ともつるんで、他にもいろいろと画策しています」
「妖怪」とは、老中首座・水野越前守忠邦の一の子分、鳥居甲斐守のこと。その名・耀蔵の「耀」と、甲斐守の「甲斐」とを取って、世の人いわく「妖怪」と。
 そのあだ名には、「残虐非道なことを行う奴」という恐怖の念と同時に、「人間離れした奴」という批判の思いが込められているのである。
「それが長吉とも関係してるんだ! さて、どんな悪知恵だえ?」
「ところで、小吉殿、いや小吉っつあん、『津軽の太鼓』というのをご存じか?」
 また、また、話が思いがけない方向に振られたので、小吉は妙な表情をしたが、
(これも、おいらにもよく分かるようにとの、精さん流の話の進め方だろう)
 と、知っていることを急ぎ答えた。
「確か『本所七不思議』の一つで、他の大名が板木を叩いて火事を知らせるとこを、津軽藩では太鼓を鳴らす、というやつだな?」
「ええ、津軽藩でも、最初は板木を使うつもりだったらしいのです。
 けれども、当時の藩主が銘を認(したた)めたそれが、かなり前に失われ、いくら探しても見つからないので、やむをえず太鼓を鳴らすことになったそうです」
「金目のものと間違げえた盗賊の仕業でもあるのだろうよ」
「おそらくは、そんなところでしょう。
 悪知恵というのは、その失われた板木を黒石藩に探させよう、というもので……」
「賊に盗まれたのなら、見つかるわけはないだろうな」
「見つかるわけのないものの探索を、無理無体に黒石藩に押しつけ、見つからなかったといって責任を押しかぶせ、黒石藩を潰して1万石の領地を本家のものとするという……。
 どうやら、この悪巧みは、水野や『妖怪』も了承済みのようですな」
「そんな大きな悪巧みに、長吉が巻き込まれたというわけか。
 その火の粉を振り払うのは、長吉には難しかろうよ」
 やっと事情が飲み込めて、頷いた小吉だが、まだ疑問が残っている。
続く

2005/9/14

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