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第五話 津軽の太鼓……小吉、津軽藩の悪巧みを暴くこと
(四)
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「だが、何でそんな大事なことを、黒石藩は長吉に任せたんだ?」
「黒石藩も、よっぽど切羽詰まっているんでしょうな。長吉を士分にさせているから、やりはぐったら切腹させて、本家には知らん顔もできるでしょうし」
「組頭によくいる、女を見たような馬鹿野郎よりも、もっと卑怯な奴らだな」
小吉は若い頃に、陰湿な苛めの仕返しで泣かしたことのある、石川某という若侍を思い出し、顔をしかめた。
だが、それも一瞬、すぐに決然とした顔に変わる。
「よし、ここは餓鬼時分の知り合いということで、一肌ぬごうじゃあねえか!」
そういう間にも、小吉は、もう腰を上げており、すぐにでも深川にすっ飛んでいきかねない勢い。
「小吉っつあんが、そうくれば、拙者も放っておくわけにはいきますまい」
精一郎は、いかにも剣客らしく、隙一つない身ごなしで、すっくと立ち上がった。
「おお、ありがてえ、精さんにそう言ってもらえりゃあ百人力。おいらァあ、度胸だけは人並み以上だと思っちゃあいるが、とんと知恵には縁がねえ。そっちは精さんにまかせたぜ!」
二人はすっかり、悪餓鬼時分に戻った気持ちになっているらしい。
普段は冷静沈着な精一郎の目も、悪戯心に満ちた光を宿している。
「おい、お信、ちょっくら出掛けてくるぜ」
そう声をかけられまでもなく、お信は、はや玄関に座って小吉を待っている。突然の外出は、いつものことらしく、にこにことした笑みを顔にたたえたお信は、大刀を袖に包んで小吉に差し出した。
いつの間にか、しょぼしょぼとした雨は上がっていた。低い雲からは、時折、夏が近いことを思わせる鮮やかな光が漏れてくる。
その光に照らされた二人は、年に似合わぬ、さっそうとした姿に見えた。
鶯谷から上野山下へ。さらに東に道を取り、吾妻橋を渡って本所へ出た。この辺りは、少年時代から青年時代にかけて、さんざっぱら荒らしまわった所だ。
やや照れくさそうな顔をした小吉は、精一郎の表情をうかがった。
精一郎は何かを考え込んでいるらしく無表情。ただ目の光だけが、その当時の色を漂わせている。
梅雨の晴れ間に、いっそう鮮やかな白帆の浮かぶ大川沿いに、しばらく進み、両国橋の少し先で竪川に架けられた一ツ目之橋を渡る。
ここまでくれば、長吉の住まいも近い。
一ツ目之橋の南詰に、場所柄にそぐわない、一軒の小ぎれいな蕎麦屋のあるのが目に入った。木口が匂うような新しい店である。
「精さん、新店だ。こんなとこは、もりやかけにも本物の山葵を出すもんだぜ。『新見世の内は二八にわさびなり』っていってな。ちょっと寄ってこう」
小吉は別に小腹が空いているわけではなく、ここで精一郎の策を聞き、自分の肚と擦り合わせようというのだ。
二人は、燕がついと軒をかすめる、蕎麦屋の入口をくぐった。 |
続く |
2005/9/21 |
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