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第44回

第五話 津軽の太鼓……小吉、津軽藩の悪巧みを暴くこと
(六)

「さて、誰を棒組みにしようか? 栄次郎がいりゃあ便利なんだが、今は麟のとこの居候だし……」
 栄次郎とは、小吉の師・平山行蔵の内弟子だった男で、以前は小吉の食客だった。なかなか腕は立つし、頭も切れる。けれども、分家した麟太郎の食客となった以上、小吉が勝手に使うわけにはいかない。
「小吉っつあん、分かっちゃあいるでしょうけど、麟さんだけは巻き込まんでください。麟さんは、まだこれからの身。いざとなっても、名や命を失うのは、おれたち年寄りだけにしておきましょうや」
「麟のことを、いつも気にしてくれて、ありがとよ。
 おいらは、前のように押込めで済みゃあ御の字だ」
「命のやり取りとなれば、まあ、小吉っつあんと私で軽くしのげるでしょう。後はせいぜい、小吉っつあんの子分の小林隼太(こばやしはやた)に、加持祈祷の助っ人をしてもらえばいい。が、今度の大芝居には、それだけではなく、津軽藩の内部に味方が要るんですが……」
「ああ、津軽藩といやあ、北本所柳島のご隠居様(先代藩主・信順)のとこにゃあ、道純(どうじゅん)先生という、おいらと懇意なお医者がいたっけが。でも、いるにはいるんだが……」
 道純先生は芝居好きで、七代目団十郎を贔屓にし、芝居小屋にしばしば出入りするほど。その縁で小吉と知り合いになったのだが、最近は、先生がご隠居付きになり、北本所の下屋敷に移る、小吉が鶯谷に庵を営むというすれ違いで、とんと御無沙汰なのである。
 また、道純先生、実は栄次郎の妹・五百(いお)を後妻に迎えているのだが、そのことを小吉たちは知らない。
「……ご隠居付きゆえ、上屋敷でのことには役立つまい。
 精さん、それより津軽の家来に、小野兼吉という奴がいたなあ」
「ああ、小林隼太の子分ですな。小野は藩士といっても、剣術修業を名目にした定府ですから、今なら、二人とも小石川の近藤道場にとぐろを巻いている頃合いでしょう。一っ走り行ってみますか」
「ウン」と頷く代わりに、もう小吉の足はそちらに向かっていた。
(相変わらず、小吉っつあんは頭より先に、手足が動くな。侍は本来こうでなくっちゃあいけない)
 精一郎の感心を知ってか知らずか、小吉の足取りは早まっていく。
                   *
「勝さん、そいつァあ止したがいいや。ことは剣呑になっていくばかり。お上ばかりじゃなく、江戸留守居役や側用人、藩士の一部まで、黒石藩ぶっ潰しに取りかかっていますぜ。
 それに、知っているかもしれないが、『妖怪』までがこの一件には噛んでいるという噂だ」
 運よく、小野兼吉は小石川の近藤弥之助道場にいた。
 だが、小吉の話を聞いて開口一番言ったのが、首をひっこめていた方がいいとの忠告だ。
 居合わせた小林隼太も、
「そりゃあ剣呑、剣呑。勝さん、お止めなさいよ。他のことなら、いくらでも手伝うが、いくら幼なじみのためとはいえ、町人の代わりに『妖怪』に首を取られたんじゃあ、冗談にもなりゃあしない」
 と、兼吉と口を揃える。
「止めろ」と言われれれば言われるほど、ムキになってやってしまうのが小吉だということを、青年時代から長い付き合いの隼太も忘れていた。
「面白れいじゃあねえか。相手が今を時めく『妖怪』とあっちゃあ、手を引くどこの騒ぎじゃあねえやな。こっちから酒の一斗に熨斗(のし)を付けても、やらしてもらいてえ位だ。なあ、精さん」
 話を向けられた精一郎も、今では養家の手前、謹厳実直を売り物にしてはいるが、一皮向けば小吉と同様、血の気が多い。冷静な判断は判断として、口ではこんな啖呵を切っていた。
「小林さん、小野さん、お主たちは、それでも侍かい。『義を見て為(せ)ざるは勇なきなり』って言葉をご存じないとみえる。
 小吉っつあん、もうここには用がない。次の段取りにかかるが増しだ」
 今度は、精一郎の方が、小吉の袖を引きかねない有り様。
「ま、待ってくれろ。そこまで言われたんじゃあ、おれたちも一分が立たん。やってやろうじゃあないか。で、何をすればいい?」
 小林道場の二人は、やっとのことで賛意を示す。
 津軽藩内部に協力者が得られたのが、ここまで足を運んだ甲斐となった。
「よし、よし。それじゃあ段取りはこうだ……」
 大将格の小吉は、いつになく念入りに手筈を説明する。言い足りないところは、軍師格の精一郎がそれを補う。
 こうして妙な組み合わせだが、それなりの陣容は整った。
続く

2005/10/5

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