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第46回

第五話 津軽の太鼓……小吉、津軽藩の悪巧みを暴くこと
(八)

「ムニャムニャムニャ……」
 行者が小声で何かを告げると、
「『お探しの板木の件、もはやこの世にはござらぬ!』。かように卦には出ているそうでございます」
 用人姿の精一郎が、いとも荘重に行者の言を述べる。なーに、小吉が言っているのは、「早く終わらせて、鰹の刺し身で一杯やろうぜ」なんてこと。打合せどおりの科白を、厳粛な顔をして精一郎が述べると、いとも厳かに真実めかしく聞こえるのが妙だ。
「それでは、いくら江戸中、いや日本中探しても無駄だということだな?」
 藩主も直にはしゃべらず、側用人を通じてそう尋ねる。
「さよう、黒石藩へのご依頼も、取り下げられた方がよろしいかと……」
「ウーム……」
 藩主は、水野忠邦との一件もあり、そうそう簡単に納得するわけにはいかない。けれども、事情を知らない江戸家老は、すっかり妙泉院の神通力に参って。
「殿、妙泉院さまのお告げ、その通りになさった方が……」
「夢、夢、疑うことなかれ! 万が一、疑えば、当家に凶神訪れ、子々孫々まで祟りをいたすであろうぞ!」
 ついに、剣術や喧嘩で鍛えた小吉の一喝が出た。
「喝ッ!!」
 猛虎一声、一同は肚の底から震え上がった。
「ハハッー!」
 当節の大名は、戦国大名とは大違いで、お蚕ぐるみで育てられ、奥の女中衆に取り囲まれた暮らしをしているから、一喝などされたことはない。ましてや、縁起をかつぐ傾向が強いのが、奥向きである。
      藩主も、水野とのことはすっかり頭から消え、行者に向かって心から平伏していた。
                   *
 小吉たち一行は、座を立ち、意気揚々と玄関へ。
 式台で丁重に見送る江戸家老たちを尻目に、駕籠へ向かおうとした時、
「待たれえ、行者殿! いやさ、勝殿、小吉殿と言ったがいいか」
 式台の奥から声が掛かった。
 虎を描いた衝立の影からツイと現れたのは、裃をつけた一人の侍。
 歳のころなら三十七、八、髭の剃り跡が青々とした苦み走った中年男である。裃の隙のない着こなしから、江戸留守居役と見える。
「……?」
 小吉には、この男が誰だか、まだ思い出せない。
「いつぞやは、佐野槌にて失礼いたした」
「あっ、てめえは確か平井修理!」
「覚えていてくださったか。これは重畳」
「吉原でのいさかいのことは、忘れてたまるもんけえ。
 その平井の野郎がなんで、のこのこ出てきやがった」
 精一郎は気が気ではない。
 護摩の芝居に成功したまま、すーっと立ち去るのが最善なのに、とんだ邪魔が入り、しかも小吉は自分の立場を忘れかけている。
「妙泉院さま、妙泉院さま……」
 と、小吉の白い上衣の袖を引いた。
「精さん、もう芝居はいいやね。
 こいつぁあ平井修理といって、おいらもまんざら知らねえ奴ではないのだ。
 なあ、『妖怪』の子分の平井修理。おい『小妖怪』、女衒まがいの江戸留守居役、今度は何を悪さアしに現れた!」
 フフッと苦笑した修理は、
「何とでもほざくがいいわ。
 天下の御直参が大名をゆすって、藩政を曲げさせたとあっちゃあ一大事。悪口をきいている暇があるのなら、お手前の首の心配でもするがいいわ。
 拙者が、恐れながらと評定所にお手前方を訴え出れば、いかがなると思う」
 藩士たちの中からは、
「妙泉院さまじゃあなくって、勝小吉だと」
「勝といえば、やくざな御家人として有名じゃあないか」
「我が藩をゆすろうってわけか?」
「いやあ、金は取ってはいないらしい」
「じゃあ、何が目的で……?」
 などという声がもう上がっている。
 しかし、評定所といわれて、ビクとでもする小吉ではない。逆襲に転じた。
「修理、訴え出る前に、よおく考えた方がいいぜ。黒石藩ぶっ潰しの悪巧みは、こっちには、とうにお見通し。必要とあらば、証拠や証人も用意できるんでえ!
 評定所を避けなきゃあいけねえのは、こっちじゃあなくて、そっっちじゃあねえのかえ?」
「ウーム!」
「どうやら越前守や『妖怪』を当てにしてるらしいが、そいつァあちょっとばかり無理なようだな。
 こっちには、わけありで、御本丸大奥の御年寄、瀬山さん、紅井さんなんかが付いているんでえ」
 小吉は、大奥を通じて将軍を動かせるようなことを言って大きく出たが、何のことはない、十四年も昔、麟太郎が将軍様の五男・初之丞君お付きになった時に、顔を合わせたことがあるというだけのこと。初之丞君が亡くなり、麟太郎が御殿を下がってからは、彼女たちと何の付き合いもあるわけではない。
 そこは度胸で押していく小吉である。
「それが困るんならあ、板木の詮議なんぞといういたずらは止めるこったな。こっちが言ったことを聞いたかどうかは、天知る、地知る……、そして、この行者さまが天眼でお見通しでえ!」
続く

2005/10/19

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