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第48回

第五話 津軽の太鼓……小吉、津軽藩の悪巧みを暴くこと
(十)

 長吉に吉報を知らせようと、深川森下町は二ツ目の通りを、小吉、精一郎、隼太の三人が歩いている。今、五間堀に架かった弥勒寺橋を渡り切ったところだ。
 夏も近い五間堀は、碧い色が濃い。
 そこへ、後ろの二ツ目之橋の方から、ザッザッザッという足音が。
 隼太が思わず振り向いて、
「チェッ、大勢きやがったぜ! 勝さん、津軽の若侍どもが追っ掛けてきた。まさか、土産でもくれるわけじゃあねえだろうな」
 相変わらずとぼけたことをいう隼太だが、自分たちに四、五倍する人数を見て、目はさすがに笑っていない。
「土産は土産でも、真剣白刃の土産だろうぜ。精さん、やらざあなるめえねえ」
 精一郎の「諾」の返事を聞く間もなく、小吉は、十五、六人の若侍たちの方へ向き直っていた。
 若侍たちの先頭には、最前、津軽の式台で見かけた男が。
「先程は、よくも我が主、越中守様をなぶってくれおったな。成敗いたすから、そこへ直れ!」
 と言うが早いか、一同は刀を抜きつれた。
(やはり斬り会いになると、道場の稽古は役に立たんな。はてさて、普段の稽古では、どうすればよいか……)
 道場主である精一郎は、妙なところで、職業意識を発揮した。
 そう、ほとんどの侍は緊張で腰も手も引け、刀を目の前に芸もなく立てているだけ。
(胴も脚もがら空きだ!)
 隼太でさえ、実戦では並の剣士ではない。すぐさま、そう見て取った。
 ただ、先頭の若侍だけは、気迫に満ち、太刀も青眼にすっと伸びている。
(道場剣術では免許皆伝をやるところだが、まだまだ場数が足りんな)
 相変わらず、精一郎は余裕をもっている。
「ダッ!」
 その精一郎の余裕を見抜けず、先頭の若侍が斬り掛かってくる。
 素早い--精一郎は後ずさりざま腰の一刀を抜き合わせ、刃を返すと、サッと横一文字に薙いだ。身体の重心が、流れるような曲線の残像を描いた。
 強い--胴を押さえる間もなく、若侍が膝からグズグズと崩れ落ちる。
 対照的に小吉は、ゆっくりした動作で、側に控えた隼太の腰から大刀を引き抜き、大上段に振りかぶる。
 実に無造作--その姿勢のまま、歩くのと変わらない速さで前へ出る。
 実に大胆不敵--相手との間合いなどは気にせず、気勢を制して、ひたすら前へ、前へ。
 敵陣は気圧されて、ずるずると後退を続ける。
「その後ろは五間堀だ。泳げる奴は、飛び込んで逃げたがいいぜ!」
 五間堀に五つ六つの水音が上がる。
「おっと、右手は行き止まりだよ」
 水面に浮かんだ頭に向かって、小吉はニヤリと笑いかけた。
 その笑みのドスの効いたこと。小吉の気迫の鋭さには慣れているつもりの隼太も、背筋がゾッとした。
 路上に残った若侍たちも、とても敵わないと知って、倒れた男を担いで、一斉に引き上げに掛かる。
 ここまで、
「蕎麦が茹で上がる時間」
も経っていないだろう。
 通りに面した町家でも、斬り合いがあったことに、気づく者はほとんどいなかったそうな。
                   *
 それからしばらくして、黒石藩からは廃藩の危機を救われたとして、口上を述べる使者によって礼が届けられたが、小吉は丁重に返却したそうだ。
「こちらこそ、面白い思いをさせてもらいました。むしろ当方が礼をしたいくらいで……」
 というのが、その際の小吉の言い分だったとか。
 長吉は、紋付き羽織袴姿で、「今度のことに懲りて、後妻を叩き出し、町内の御用から固め始めた」と礼に来た。鯛三匹と角樽が贈られたが、それだけは、ありがたく受け取った小吉である。
 半年後の閏八月十二日、水野忠邦が老中職を罷免された。その騒ぎに取り紛れてか、今に至るまで小吉には何のお咎めもない。津軽藩主には、新たに任じられた老中首座・阿部正弘から、「不束之事」として「きっと叱り置く」という厳しい処分があったというが、今の小吉には何の関係もない。
                  *
 小吉は、筆を取り上げると、何事もなかったかのように、
「子々孫々ともかたくおれがいうことを用ゆべし。先にもいう通り、おれは今でも、なんにも文字のむずかしい事はよめぬから、ここにかくにもかなのちがいも多くあるから、よくよく考えてよむべし」
 と、片手で月代を撫で撫で、『夢酔独言』の序文を書き出した。

2005/11/2

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