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第51回

第六話 足洗え屋敷……海舟、謎の印籠を所持すること(前編)
(三)

 修行を初めてから三年目。
 普通の弟子なら入門して二年ほどで貰える〈切紙〉という位を、オレはやっと貰った。つまり、竹刀が一通り振れるようになるのに、これだけの年月が掛かったということだ。小柳なぞは、修行の最初から、筋がいいと褒められただけあって、一年ちょっとで、もう〈切紙〉になって修行に専念している。
 内弟子でも、そうなれば、もう下男や女中のしごとをしないですむ。オレは目端の効くのを師匠に見込まれ、客の接待の手伝いや、各大名家や旗本の家に出稽古に付いていくことが多くなった。
 そんな先の一つに、二千五百石取りの大旗本、鳥居家がある。
 さすがに〈ご大身〉と呼ばれるほどの旗本になると、道場に顔を見せるのは、正月の鏡開きの時ぐらいなもので、普段は師匠や師範代を家に呼んで稽古をする。
 今日、稽古をするのは、当家の若殿様・耀蔵という方で、若年ながら、免許皆伝にあと一歩というところ。もっとも、多少腕が悪くても、そんなことには関係がない。ある程度の年数が経てば、師匠の方から進んで免許皆伝にしてしまう。そうすりゃあ、礼金もしこたま入る、上手な師匠という名も上がる、ってなもんだ--。
                   *
 一月十一日の鏡開きは、道場の稽古始めであると同時に、大名・旗本から内弟子まで、ほとんどの弟子が集まり誼を深めるという、大事な儀式だ。
 小吉は、亀沢町の団野源之進道場で、師匠始め一同に挨拶を済ませると、車坂の井上道場に顔を出そうと、足を上野に向けた。
 師匠の団野源之進は、直心影流第十二代の宗家であり、それだけに修行は厳しい。師匠が世渡り下手なこともあって、有力な大名・旗本の弟子はほとんどいない。それに比べて、井上伝兵衛は、なかなかそつなく道場経営を行っている。
 その差が、鏡開きなどに現れる。
 車坂の道場で、小吉は改めてそれに気づいた。
 上野広徳寺の門前まで行くと、大名や旗本の紋所の入った駕籠が何挺も止めてある。みな、井上道場の有力弟子の駕籠。直接道場まで乗り付けるのは憚られるので、こんなところで供待ちしているのだ。
 道場では、すでに酒宴が始まっていた。
 書院に顔を出すと、師匠は一人の若侍の相手をしている最中。
 若侍は、大旗本の子弟らしく、注がれる酒を鷹揚に干している。
「小吉殿、来られたか。
 さあ、こちらにご挨拶、ご挨拶。
 こちの方は、旗本・鳥居一学様の若殿様で、耀蔵様とおっしゃる。ご養子でいらっしゃるが、ご実家は、あの儒学の元締め、昌平坂学問所の林大学頭様」
 大物を弟子にしているのを自慢気に、そう言った伝兵衛である。
〈昌平坂学問所〉
 と聞いて、小吉には十二歳の時の嫌なことを思い出した。
 長兄・彦四郎に連れられ、林大学頭の許へ挨拶に行った。彦四郎の学殖が認められていたため、小吉も学問所の師匠から個人授業を受けられたのだが、学問嫌い故、毎日馬ばかり乗っていて、師匠の方からきっぱりと断られたのだ。
 一方、そんな事情など知るはずもない鳥居の若殿は、さも珍し気な顔で、こちらを見つめた。育ちのよさそうな顔立ちだが、薄く締まった口付きが、いかにも強情そうで、小吉の気には入らなかった。
(そんなに無役の貧乏御家人が珍しいかい? 高慢ちきな鼻をしやがって! 学問嫌いが面からでも分かるっていうのかい? 小生意気な目つきをしやがって!)
 素っ気なく簡単な挨拶を返した。
「これ、小吉殿。鳥居様とお近づきになれば、お主の今後の〈御番入り〉も……」
 という声を振り切るようにして、書院を辞した。
(あんな手合いが大事にされるようじゃあ、オイラが、もう顔出しするようなとこじゃあねえな)
続く

2005/11/23

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