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第六話 足洗え屋敷……海舟、謎の印籠を所持すること(前編)
(七)
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--道楽を始めると、良い物が独りでに分かってくる。
そう、遅まきながら、オレも女道楽というものを始めた。オレにも、美しいものを美しいと素直に認める〈目〉が開かれたようだ。
そんな〈目〉で見ると、師匠の集めた印籠の大部分は、屑同然。しかし、たった一つだけ、オレにも魅かれるものがある。
その印籠は、障子から入ってくる日光を反射して、美しい黒漆の肌を光らせている。金色の蒔絵で描かれているのは、どうやら星のようで、何かの形を示そうとしている。星の背後に散らした銀粉は、天の川を表しているようだ。
師匠の言うには、金蒔絵は、阿蘭陀での星の並び〈星座〉というものを写しているのだそうだ。
しかも、この印籠の凝ったところは、底に小さな方位磁石が仕込まれていること。
元々は、蒔絵師の山崎金三郎が、幕府の小役人・本岐道平の注文に応じて作った印籠。道平は蘭学好みであり、からくり作りでも有名だ。そのからくりを売ってつくった金で、
「どこでも方角が分かるように」
この印籠を作らせたという。何でも、阿蘭陀流では実際に空の〈星座〉を見れば、方位を知ることができるのだそうだ。
あまりにも見事な意匠なので、金三郎がもう一つこっそり写しを作った。それが、だれの手を経たのか、今、師匠の物となって、この書院の違棚に載っている。
値段は、金を都合したオレも知っている。
金百両!
だが、この美しさなら高くはない。
「本庄、拙者もいよいよ目付に就けることになった。
いや、口先だけの祝いなどよい。
それより、お主には祝いの品を所望いたす。
お主の師匠の持つ、あの〈星座〉を描いた印籠……」
久しぶりに鳥居様のお呼びが掛かったが、話を聞けば、このオレには長崎屋へのもぐり込みより難しい用件。
「……でも、お殿様なら、お望みになれば、師匠も否やは申しますまい」
例の青筋を覚悟の上で、そう申し上げる。
「お主も知っておろう。何度、望みを申しても聞いてはくれぬわ。金のことなら糸目をつけぬと、二百両、いや五百両とまで言ったのだが、それでも色よい返事はせぬ。
そこで、お主に頼んだ、というわけじゃ」
「しかし、お殿様がなさっても無理なことを私めに……。
そ、そっ、それでは、盗み出せとでも……」
「そのようなことを、天下の旗本が申せるか!
お主の才覚で何とかならぬか、と申しておる!」
ここにも一人、あの印籠に魅かれた男がいた。言わず語らずに、「盗め」と言っているのと同じだ。
けれども、盗ったのがオレだということは、すぐに知れてしまうのは火を見るより明らか……。
「もし、ここに持参いたせば、お主を家臣に取り立ててしんぜる」
幕府の目付・鳥居家の家臣となれば、盗人として訴えられることはまずない。相手は泣き寝入りするのがオチだ。
それに、
「金がほしくば、それも遣わす」
とのこと。五百金まで出す心づもりであったのなら、それがオレのものになる……。
「祝いの品、後日、必ず献上仕ります!」 |
続く |
2005/12/21 |
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