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第六話 足洗え屋敷……海舟、謎の印籠を所持すること(前編)
(九)
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「平野氏(うじ)、間違いなく、供連れではないのでしょうな?」
浪人どもの頭分(かしらぶん)が、そう尋ねた。折り目正しいことば遣いが、その西国らしい訛りと相まって、かえって不気味だ。
「自分の腕に自信があるから、供を連れたことはありませんよ」
「それなら、飛び道具で、敵の足を止めるのが先決!」
「待ってください。江戸府中で火縄銃など使われたんじゃあ、大事になる!」
「いや、飛び道具といっても、鉄砲だけではない。これじゃよ、これ」
と野太い声で言って、別の浪人は手裏剣を出して見せた。
「なるほど、動けなくなったところを、三人で取り囲んでばっさりと……」
「その品物とやらを奪ったら、茂平治どの、お主に止めを指してもらわんとな」
浪人どもは、こちらをどうしても主犯とするため、オレの手を直接下させようとしている。そうは問屋が卸すものか。
「ああ、いいですとも。それは私がやりましょう」
口ではそう言っておいて、後は……。
市ヶ谷の浪人どもの隠れ家を出て、オレは上野山下の生薬屋へ寄り、頼んでおいたものを受け取った。
小雨のしょぼつく晩だ。
寛永寺の鐘が四つ(ほぼ午後十時)を告げた。
十二月ともなれば、少しは暖かくなってもいいのに、今晩は足の底から身体が冷えてくる。
オレたちは、もう一刻も前から、上野黒門町の大戸を下ろした商家の影に隠れ、井上伝兵衛の帰りを待ち受けているのだ。
タッタッタッ!
見張りに出した浪人が、急ぎ足で戻ってくる。高く上げた手が、一本の指を出しているのは、相手が一人だという合図。
「よし!」
野太い声で自分に活を入れた浪人が、懐から手裏剣を取り出す。
御成道(おなりみち)の一町ほど向こうから、ぼんやりした灯を見せた提灯が近づいてくる。
……三十間、二十間、十間。
間合いが七、八間になったところで、男は立ち上がり、手裏剣を投げ放つ。
虎落笛(もがりぶえ)のような音を立て、手裏剣は飛んでいく。
「ウッ!」
伝兵衛と浪人が声を上げたのは同時だった。
足を狙ったのが、肩先に当たったのだ。
提灯と木箱が地に落ちる。
伝兵衛の足取りは止まった。
二人の浪人が、ダッと駆け寄って、同時に刃を振るった。
地面で燃える提灯の炎に、遠目ながら、血飛沫が上がったのが見えた。それとも小雨を見誤ったのか。
定かでないまま、オレは倒れた伝兵衛に近寄った。
その時、絶息したと思っていた伝兵衛が、顔を上げた。
「……辰輔、やはり、お前、だった、のか……」
名前を口に出され、オレは無我夢中で刀を振るった。
餓鬼の時分の喧嘩のときと同じだ。
頭に血が上り、しばし我を忘れた。
「……止めろ、止めろ! 人が来るかもしれんぞ」
浪人の頭分に両手を押さえられ、オレは我に帰った。
下を見ると、振るった刃は、大部分が地面を抉(えぐ)っただけ。
泥濘に何十本もの跡が残っている。
ただ、一刀だけが、伝兵衛の脇腹を斬っているらしかった。
「引き上げだ!」
急ぎ足で、その場を離れる。
オレの足は、まだガクガクしている。
やっと、喉がからからになっていることに気づいた。
(まだ、やることがある、まだ、やることがある……) |
続く |
2006/1/4 |
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