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第六話 足洗え屋敷……海舟、謎の印籠を所持すること(前編)
(十)
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左内町の浪人の住まいに戻ったオレは、酒を皆に勧めた。
喉が乾く。浪人どもも、そうらしい。茶碗に注がれた酒をひっきりなしに口にする。上下する喉仏の休む暇もない。たちまち、一升徳利が空になった。
その頃になって、やっと大欠伸をする奴が一人、二人。
ごろりごろりと、三人とも横になってしまった。
オレの心の臓は、まだドキドキしている。
この時を待ちに待っていたのだ。
生薬屋で買った曼陀羅花(山茄子)と火麻子(大麻)を混ぜて、酒に入れておいたのだ。熱酒で調えて服させる、とモノの本にはあったが、冷酒でも十分に効くことが分かった。
オレは、油をそこら中に撒くと、行灯を蹴倒して、長屋を後にした。
「アンタ、その箱に印籠が入っているのかい? 見せてごらんね」
と女がねだったのに、
「これは大事な金蔓、そして出世の蔓。そう簡単には見せられない」
とオレは焦らしておいた。
それを追っ掛けるように、またねだるのに、
「そうだなあ……。
それじゃあ、後ろを向いて目を閉じてみなよ」
と言いつける。
日頃には似ず、素直に従う女の白い首筋に、
「何だね、これは! 何の真似だい!」
ということばを無視して、細引きを回し、渾身の力を込めた。
今度は、冷静にやってのけることができた。
紫色に変わった舌が突き出しているのも、白目をひんむいているのも、緋縮緬の蹴出しから生っ白い太股が剥きだしているのも、平気で見ることができる。
懐に手を入れ、女の心の臓が動かなくなったのを確かめる。
この家に入るのは誰にも見られていない。
夜明けも近い。そろそろ引き上げる刻限だ。
「殿様、お約束の祝いの品、献上仕りにまかりこしました」
朝早く、オレは鳥居屋敷を訪れた。
その時の鳥居様の喜んだこと。あんな嬉しそうな顔は、長い付き合いでもとんと見たことがない。
オレは、箱をくるんでいた布を外すと、紫の紐を解きだした。
手が震えて、結び目がなかなか、ゆるめられない。
それでも、やっとのことで解くと、桐の箱の蓋を開ける。
「ゲッ!」
オレの悲鳴にも似た声に、鳥居様は、訝(いぶか)しげに箱を覗く。
「ヌヌッ!」
箱の中身は、印籠にあらずして、駿河台の屋敷からの手土産の茶壺!
鳥居様の額の右と左両方に青筋が立つ。
「も、も、申し訳ございません……」
と畳に擦りつけた頭には、場違いな妙な狂歌らしきものが浮かんだ。
開けて見れば印籠ならで駿河なる
一両ほどの茶壺なりけり |
了 |
2006/1/11 |
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