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第66回

第六話 足洗え屋敷……海舟、謎の印籠を所持すること(後編)
(八)

「不思議な話ですが、先生は本当に信じていらっしゃるんですか?」
「うふふふっ、それが、この勝の身にも起こったと聞いたら、どう思う?」
 また、海舟先生にかつがれているのか?
 眉に唾をつけて、話の続きを聞く姿勢を取った。
「まあ、それはさておき、翌天保十四年には、鳥居は五百石加増され、それに伴って茂平治も、応分の分け前を得た。けれども、毎晩の
〈足を洗え〉
だ、その当時にはげっそりと窶れていたという」
「それほどまでになっても、例の印籠を手放すわけにはいかなかったんですね」
「そう、もうこうなると
〈印籠に取りつかれた〉
 といった方がいいだろうネ。
 確かに、手放したくなくなるほど、美しい印籠だヨ」
 先生は
「美しい印籠だ」
 と言った。けっして
「美しい印籠だったそうだ」
でも、
「美しい印籠だそうだ」
でもない。
 それでは、印籠は今、先生の知っている場所にあるのか……?
 その疑問は、先生の説明に中断された。
「〈足洗え屋敷〉の噂が収まることもない内に、一度の短い復活を挟んで、鳥居の親分・水野忠邦は老中を罷免される。親亀がこけたら、子亀も孫亀もこける、というのが世のならいだ」
「水野の親亀がこけたので、鳥居という子亀や、茂平治という孫亀もこけてしまった……」
「そうさね、結論だけ言えば、鳥居は四国の丸亀藩にお預け、何と明治元年まで監禁生活が続いた。茂平治は裁判に掛けられ遠島と決まった」
「どこの島に流されたんです?」
「それが、途中で牢屋敷が火事になり、長英さんとは違って、ちゃんと戻ってきたので、中追放に減刑されたんだヨ。
 中追放というのは、知ってのとおり、江戸や京・大坂の近辺や、東海道・中山道筋などには立ち入れない、という比較的軽い刑だ」
「運のいい男だ!」
「そうでもないヨ。
 元号が変わって、弘化三年八月六日のことだ……」
続く

2006/3/29

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