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第六話 足洗え屋敷……海舟、謎の印籠を所持すること(後編)
(九)
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夏の強い日差しの中を、牢役人に連れられて、一人の男が神田橋を渡った。男は、長年の牢生活で窶れてはいるが、表情には喜びが見られる。
(これで、〈星座〉蒔絵の印籠と再会することができる。オレが捕まったときに、家捜しを食らって、あの印籠も奉行所へ証拠として持っていかれたようだが、この世に生きていさえすれば、いつかはきっと会える……)
男は本庄茂平治であった。今日、牢から解放され、本人の希望に応じて、奥州へ追放するため、水戸街道の出口・千住宿まで護送されていくところだ。
護持院ケ原に、茂平治がちょうど差しかかった時、松の木陰から一人、二人と、白鉢巻きに白だすきの侍が現れた。
「拙者は、伊予松山藩の家臣・熊倉伝之丞の一子・伝十郎。
茂平治、父の敵討ちだ、覚悟!」
「それがしは、和州十津川の浪人、小松典膳。
我が師・井上伝兵衛の敵を討ちに参上つかまつった。
本庄茂平治どの、尋常に勝負めされい!」
名乗りを上げると、二人は太刀をすらすらと抜き放った。
昼天の太陽に刀身が光る。
(眩しい!)
茂平治は、右手を額に当てて、光を遮った。牢屋敷では、こんなに光るものを目にしていない。
(ああ、敵討ちか……。牢に入っている間、そんなことは考えたこともなかった。しかし、そう簡単には討たれてたまるか。オレには、娑婆で印籠を見つけるという大事な用があるんだ)
「刀を頼む」
と言うつもりで、辺りを見回したが、ついて来ているはずの牢役人は、どこにも見当たらない。
(うーむ、幕府は、オレの口封じを図ったか……)
ダダダダダッ!
二人は左右から茂平治に駆け寄った。
間合いに入る。
大上段からの一閃。
典膳の初太刀は袈裟斬りに右肩に入った。
血が松の下枝に当たるほど吹き上がる。
左手で傷を押さえるところに、もう一太刀。
原に砂煙を上げて、茂平治は倒れた。
そこへ、伝十郎が突きを入れる。
「ウグッ……」
奇妙なうめき声を上げると、茂平治は弓なりに反り返る。
「止めじゃ!」
典膳が、心の臓に太刀を突き刺す。
口からも心の臓からも、血を流し、絶命した。
息を引き取る前に、茂平治が、
「印籠、印籠、オレの印籠……」
と口に出したのは、誰の耳にも届かなかった。
もちろん、仇討ちの顛末を見届けるべく、松の木陰から、この場の情景を見守っていた小吉や精一郎にも。
「小吉っつあん」
「ああ、精さん」
その場からの引き上げを促し合った、初老の二人は、とぼとぼとその場を離れていった。 |
続く |
2006/4/5 |
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