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第六話 足洗え屋敷……海舟、謎の印籠を所持すること(後編)
(十)
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「……で、印籠はどうなりました?」
「乙羽クンは相変わらず性急だなあ」
海舟先生のことばに、
「いや、先生のお話が興味深くって……」
私は頭を掻きながら答えた。
「若い人は、まだ残された時間がたっぷりあるのに、かえって性急なものだ……。
まあ、いいでしょうヨ。
印籠は、茂平治が捕まったときに、屋敷の捜索によって、奉行所に証拠品として持ち去られた」
私は、いつものように頷いて、話の続きを促した。
「当時の奉行所は、幕末も近く、かなり規律が緩んでいたノサ。また、茂平治が捕まったのは、井上伝兵衛殺しとは関係がなく、鳥居の罪を裏付けるためだったヨ。
そんなことで、印籠は、奉行所の与力か同心によって、外へ持ち出されて、金に変えられてしまった……」
私は、それから誰の持ち物になったのかに、興味がない。むしろ、今現在、先生の身近な誰かが、それを持っているかどうかだ。
というのも、先程の話の端々で、先生自身がそれを暗示しているからだ。
「おそらく、道具屋から金持ち、金持ちから道具屋、と点々としたのではないかナ。
オレがはっきりと知っているのは、佐久間象山の持ち物になったことだ」
実に意外な名が現れた。
「そう、象山自身、この印籠を作らせた本岐道平と同様、西洋の器械には目がなかったから、見た瞬間に、手に入れることにしたんだろうヨ」
象山は、よく知られているように、ボルタ電池や電信機などの電気関係の器械を、日本でも最初期に作っている。そんな人物だから、考えてみれば〈星座〉蒔絵の印籠を手に入れ、愛蔵していても不思議はないのかもしれない。
「象山先生は、元治元(一八六四)年に暗殺されたんでしたね?」
「そうさね、七月十一日のことだヨ」
それにしてもよく日付まで覚えていられる。そのことを尋ねると、
「オレは、その頃、神戸の海軍操練所をやっていて、象山と同じ時期に鉄砲で狙われたからネ。
まあ、相手が空っ下手だったから、ここでこうして話していられるんだが、被っていた陣笠には玉の穴が開きました。
話を元に戻すと、象山の暗殺で、知行や屋敷地は没収され、佐久間家は断絶となった。そこで困ったのが、オレの妹・お順サネ」
「ああ、お順さんは、象山に嫁いでいらっしゃって……」
嘉永五(一八五二)年に、十七歳のお順さんは、二十八も年上の象山に嫁している。
「まあ、若くして未亡人になった妹を、赤坂のお民(海舟の妻)のとこへやって、世話をさせた」
今でも、お順さんは、赤坂氷川町の敷地内に一家を構え、住んでいる。
「海軍操練所が解散させられて、十一月に久しぶりに家に戻った。
お順と、珍しく顔を合わせたら、切り口上で言うことには、こうだ。
『私は、お兄様の掛かり人になるつもりはございません。その内、しごとを見つけますので、それまでは置いていただきます。只で置いていただくのも心苦しうございますので、これを取っておいてくださいまし。佐久間が持っていたもので、かなりの値打ちものだと聞いております』
と言って、差し出したのが……」
「……〈星座〉蒔絵の印籠!」
「そうさね。
それ以来、オレの持ち物となったわけだが、ご一新後しばらくは、そのことをトンと忘れていた」
やはり、印籠はここにあったんだ!
それでは、象山は、あの不思議には会わなかったのか……。 |
続く |
2006/4/12 |
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