下町探偵団ロゴ万談ロゴ下町探偵団ハンコ
東京下町Sエリアに関連のある掲示板、コラム・エッセイなどのページ
 トップぶらりグルメくらしイベント交通万談 リンク 

下町音楽夜話

◆第82曲◆ ワンダフル・ワールド
2004.01.17
サッチモことルイ・アームストロングのしわがれた声で歌われる「この素晴らしき世界(ホワット・ア・ワンダフル・ワールド)」は、誰もが知っている超有名曲だが、この曲の持つ意味が最近わからなくなってしまった。晩年の1968年に録音され、ジャズ黎明期の名トランペッター、バンドリーダーとして知られた人物が、オーケストラをバックにヴォーカルを聴かせるこの曲は、アメリカ人には何か特別な意味があるのだろうか。この曲は彼が亡くなる3年前にヒットしたものであり、ライブ録音はほとんど残されていない。ただしヴェトナムへ向かう兵士たちのために陸軍基地で歌う有名なテレビ番組のヴィデオがあり、平和を希求する皆の願いを象徴するものであるという意味合いは十分に理解していたつもりなのだが。 

さて早朝から「グード・モーニン・トキオー」と雄叫びを上げているのは、FM局J−WAVEの名物DJジョン・カビラだが、この雄叫びのもとネタと思われる「グッド・モーニング・ヴェトナム」では、ロビン・ウィリアムズ扮する実在の軍務DJエイドリアン・クロンナウアーが、同じようなことをしている。自分はジョン・カビラも大好きならこの映画も大好きであり、この辺の話を始めると止まらなくなってしまう。舞台が戦時中のヴェトナムだけに、暗くなりそうな気もするのだが、難しいテーマを実にあっけらかんと描いている。賛否両論あるらしいが、自分は素晴らしい映画であると思っている。

この映画の中で、「この素晴らしき世界」は、とても印象的な使われ方をしている。戦況が悪化していることを知らされずに前線に向かう若い米軍兵士の部隊と主人公がすれ違うあたりからバックに流れてくるのだ。悲惨なヴェトナム戦争の現状を正確に伝えるルポルタージュのようなものとは趣きを異にするこの映画は、それでも人間同士で争うことの愚かしさを巧く伝えている。この曲が意味するワンダフル・ワールドは、定義すること自体が無意味であろうが、どうワンダフルなのか考え始めると、なかなか難しいものがある。

またこのシーンを意識していると思われる映画にも出くわした。マイケル・ムーア監督・主演の「ボウリング・フォー・コロンバイン」は、銃社会アメリカの現状を如実に伝えるドキュメンタリーの傑作であり、2002年には多くの映画祭で数々の賞を受賞した。この映画の中で、過去にアメリカが海外の紛争地域で犯した過ちを立て続けに映し出すシーンがあり、そのバックで同曲が流れているのである。「グッド・モーニング・ヴェトナム」で同曲が使われたシーンで涙を誘われた人間は、このシーンを見た瞬間に凍りつく思いをさせられる。

銃がらみの犯罪に関する一般的な認識とは裏腹に、アメリカでは都市部の黒人が犯す件数よりも、郊外に住む豊かな白人連中が犯す件数の方が遥かに多いというのだ。銃がなければ落ち着いて眠ることもできないというアメリカの白人に特有の恐怖観念に焦点をあてて、暴力の連鎖を断ち切ろうとするマイケル・ムーアの意図は十分に読み取れる。がしかし、アメリカから銃がなくなることは有り得ないとも思う。決して無駄な努力とは思わないが、現在に至るアメリカの血塗られた暴力の歴史を認識させるには不十分な気もする。

あるライブ盤の歌い出しで、ルイ・アームストロングはこう語っている。「若い連中に時々言われるんだ。親父さん、どこが素晴らしい世界なの。戦争が頻発し、飢餓に苦しむ人たちがいて、世界中のあちこちで環境汚染が問題になり・・・、とても素晴らしき世界とは思えないよ。・・・でもちょっと待ってくれ。私の意見も聞いてくれ。世界が悪いのではなくて、我々が世界に悪いことをしているのではないか。みんなで努力すれば、素晴らしき世界は実現するさ。大事なのは、愛さ。みんながもっと愛し合えば、多くの問題は解決するよ。そうなれば最高だよね。だから私はこう歌うのさ・・・」

時代とともに価値観は変わるかも知れないが、平和を願う心はいつの時代も万国共通である。下町とて、例外ではない。人間関係が密なだけに、余計にそう感じてしまう。これまでも戯言と言いつつ、何度か平和について書いてきたが、こういうテーマについて書くことが当然だと思うから、自分はそうしたまでである。地域間紛争、民族間紛争、宗教紛争、争いごとの種類はいろいろあるが、どうも裏で利権や金が絡んでいるように思え、腹立たしくて仕方ない。しかし、そんなことはどうでもいいのだ。その前に、人々が愛し合うことが大事なのだ。憎しみ合うばかりでは、なにも解決しないのだ。そう、頭ではそのことを理解しているつもりである。「この素晴らしき世界」が持つ意味合いもそこだと思っていた。

しかし結局のところ、本当には理解していないのだろうか。頭では「そう、愛だよ」と思いつつも、やはりこの世の中で一番怖いものは「人間の心」だと思っている。人間は「愛」という素晴らしいものも持ってはいるが、人間の心に存在する闇の部分は、計り知れない恐ろしさが潜んでいる。戦争も飢餓も環境汚染も、結局は人間の仕業なのだから。

音楽が持つ力は偉大である。人々の意識を束ね、力を結集させることもできる。ボブ・マーレーやジョン・レノンの例を挙げるまでもない。世の中には力強い「愛」や「平和」の歌が数多く存在する。単純に考えれば、「この素晴らしき世界」も、非常に優れた愛と平和のテーマソングである。実に愛すべき曲なのである。そもそも貧困と迫害を散々に経験してきたはずのルイ・アームストロングが、自分の生きている世界を素晴らしいと歌うこと自体が瞠目に値するとも思う。やはり自分の理解が浅いのか、実はもっと単純なことなのか、・・・しばらくは考えてみたいと思う。