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下町音楽夜話

◆第296曲(1)◆ タンタン
2007.2.23
先日、憂さ晴らしに中古盤店を冷やかしに行って、嬉しい拾い物をした。もちろん、それなりの対価は支払った。昨年紙ジャケットCDで再発されたばかりのアルバムだが、アナログ盤を目にするのは初めてだった。即レジに持って行き、ウキウキ、急いで帰宅して、何はともあれ針を落とし、数秒後にはガッツ・ポーズであった。それこそ30年近く探していたものにようやく出会えたのだ。憂さが吹っ飛んだなんてものではない。内容に満足したわけではないが、一気に機嫌よくなってしまった。そのアルバムとは「トライイング・トゥ・ゲット・トゥ・ユー」、ミュージシャンの名前は、タンタンという。知る人ぞ知る実力派女性シンガーである。別名、大空はるみ、もとは森野多恵子とも名乗っていた。しかし、自分にとって、この女性シンガーはタンタンなのである。残念ながら1998年に亡くなられている。

彼女に関しては、一曲とても好きな曲がある。日本のフュージョン・グループの中でも、いまだに人気があるプリズムをご存知だろうか。名ギタリスト和田アキラ率いる、テクニシャン揃いの素晴らしいバンドだ。彼らのデビュー・アルバム「プリズム」は、新人バンドにしては、異例のヒットを記録したのではなかろうか?この「プリズム」が発売されたのは、フュージョン・ブーム真っ盛りの1977年である。このアルバムのA面ラストに1曲だけ女性ヴォーカル入りの曲がある。名曲「ラヴ・ミー」だ。ここでフィーチャーされていた女性が、他でもない、タンタンなのである。また、もう一曲、やはりフュージョン・ギタリストとして人気のあった高中正義の1976年のデビュー・シングルで、映画「太陽の恋人 アグネス・ラム」のサントラとして録音された「スイート・アグネス」にもフィーチャーされている。ただし、高中正義もアグネス・ラムも、あまり好みではない上に全然違ったタイプの曲なので、特別な思い入れはない。

自分はこの人は絶対に売れるな、と思っていた。音楽雑誌かラジオで得た情報だと思うが、渡米してレコーディングしたということを聞き知っており、このアルバムが発売されるのを心待ちにしていたのだ。しかし、待てど暮らせど、タンタンのアルバム・リリースの情報は入ってこなかった。絶対に売れると思ったのに、どういうことなのだろうと思って、いろいろ情報はあさっていた。今のようにインターネットで検索すると、あっという間に何らかの手がかりが得られるような時代ではなかった。音楽雑誌などが情報源の中心だった時代である。うまく入手したい情報にヒットするほど、多くの雑誌を読んでいたわけでもないし、そうこうしているうちに存在を忘れてしまっていた。実際はタンタン名義で数枚と、大空はるみ名義で「はるみのムーンライト・セレナーデ」と「VIVA大空はるみ」の2枚のアルバムがリリースされたようだ。また、大空はるみといえば、大好きなラテン・フュージョンのマイスター、松岡直也のヴォーカル曲でいくつかフィーチャーされていたではないか。声で判別できなかったことが、今となっては悔しい気もする。

時が流れ、アナログからデジタルとなり、1986年にとてもベストの選曲とは思えない「プリズム・スーパー・コレクション」がリリースされた。大好きなグループだったし、ライナーノーツに何かしらタンタンの情報が書かれていないかという期待もあって買ってみたのだが、正直いって、あれほど後悔したCDも記憶にない。何せ音質は最悪、最近のようにリマスター技術が進歩しておらず、アナログ・マスターをそのままデジタルに焼きなおしただけの、実にチープな音質に愕然とした。さらに最悪だったのは、何とタンタンの情報どころか、クレジットもされておらず、「UNIDENTIFIED LADY」とされていたのだ。レコード会社も随分ラフなことをするなあ、と思いつつ、未練たらしく随分聴いたような気がする。確かにフュージョンという時代ではなくなっていたので、古さばかりが目について仕方がなかった。

そして、時代はさらに移ろい21世紀となって、嬉しい紙ジャケットCDブームである。リマスターされた旧譜が当時の思い出とともに蘇る、有り難い時代である。当然ながら当たり外れはあるが、概ね満足のいくリマスタリング作業が行われ、飛躍的に音質が改善されたものの多いこと。アナログ・レコードで買ってさんざん聴き、CDで買いなおして音の貧弱さにがっかりし、紙ジャケットCDでまた買いなおして、溜飲を下げるということを、一体何回やっただろうか。そして、2007年、待ちに待った、プリズムのファースト・アルバムの紙ジャケットCDだ。こいつの音質にはさすがに満足した。何せハイブリッドSACDでの発売だったのである。悪かろうはずもない。わざわざこういう形でリリースするからには、オリジナル・マスターがそれなりにいい音であり、かついい状態で保存されていたということだろう。

嬉しかったことに、このCDには、ボーナス・トラックとして「ラヴ・ミー」のテイク1も収録されていた。しかし残念ながら、ここでもタンタンの情報は得られなかった。「ラヴ・ミー」のシングル盤のスリーヴを模したキュートなライナーには、和田アキラのコメントとして、「この曲の女性ヴォーカルはタンタンなんです。当時は契約の問題だったかで名前は載せなかったんですけれど。」とだけ記されている。不思議に思い、アナログ盤を確認したところ、確かに書いてない。クレジットはやはり「UNIDENTIFIED LADY」となっている。スーパー・コレクションのみがラフな仕事だった訳ではなかったのだ。いずれにせよ、元からクレジットがなかったとは・・・。音楽雑誌か何かで得た情報だったのだろう。念のために、1979年にリリースされた2枚組ライヴ・アルバムのライナーも確認してみたが、やはり何も触れられていない。そもそもこちらは、アルト・サックスがヴォーカルの代わりを務めているヴァージョンだったので無理もない。

ネット上では、大空はるみとしての情報は、それなりに多く検索に引っかかってくる。しかし、やはり実力のわりに、恵まれなかったように思えてならない。加藤和彦がプロデュースしたものがよいなどという情報や、ヴォーカル教室で後輩に慕われた先生だったという情報や、亀渕友香と金子マリと3人で、LOVEというコーラス・グループを編成して活動していたなどという情報も出てくる。しかし、いずれにせよ、プリズムの「ラヴ・ミー」の甘い、甘いソウルフルなヴォーカルで好きになった自分としては、その路線のアルバムでヒットしてくれることを待っていたのだ。それなりにパワフルなR&Bシンガーとしても通用しそうな実力を持ち合わせていたようだが、自分としてはスイート・ソウル路線で行って欲しかった。もしも目標がぶれていたがために、器用貧乏的な存在に甘んじていたとしたら、これ以上に残念なことはないのではなかろうか。何だか、思い切り寂しくなってしまった。