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下町音楽夜話

◆第406曲◆ 「リヴァー・マン」はジャジーか?


2010.4.3

毎年書いているようにも思うが、春は別れと出会いの季節である。今年は自分にとっても、新しい環境に移ったことで、多くの別れと出会いを経験し、決して忘れられない年となった。ビジネスの現場では、何事も前向きに考えるようにしているつもりだが、やはり人間関係に関しては、そうそうドライにはいかない。春先の上向いた気分も、4月になって新しい職場に移ってからは、なんとも憂鬱な気分が続いている。こんなときに、下手にブルーな気分になる曲を聴いてしまうと、なかなか大変なことになるのだが、最近はブルーズもとんと聴かないし、ジャズも明るめのハードバップあたりがいいところなので、あまりそういった心配はない。唯一気をつけなければいけないとしたら、ニック・ドレイクやそのカヴァーといったところだろう。

ニック・ドレイクは、ミャンマー(当時ビルマ)生まれのイギリス人シンガー・ソングライターである。英国フォークの部類で語られることが多い人間だが、かなりジャジーなテイストを内包している。1974年に26歳の若さで他界するが、生前は全くヒットに恵まれなかった。死後になって一気に評価が高まったため、不幸の権化のようにも言われる人間だ。生前には3枚のアルバムをリリースしている。1作目「ファイヴ・リーヴス・レフト」は本人のギターの弾き語りを中心として、フェアポート・コンヴェンションのリチャード・トンプソンやペンタングルのダニー・トンプソンが参加し、ジャジーなテイストを加えているヴェリー・イングリッシュな一枚だ。この盤は自分も大好きなのだが、かなり内省的な音を持っていることは確かだ。2作目「ブライター・レイター」には、ベルヴェッツのジョン・ケイルやフェアポート・コンヴェンションのメンバーも参加し、評論家筋の評価は高かったという。しかし結果を出すには至らなかった。3作目「ピンク・ムーン」を録音した頃には、口もきけないほどのひどい状態で、「何の飾りもいらない」という本人の希望で、彼のヴォーカルとギターとピアノのみで構成される、恐ろしく暗いアルバムとなった。死因は抗うつ剤の過剰摂取とされ、自殺か事故かは明らかにされていない。

死後、未発表の音源等もリリースされるが、1作目、2作目以上のものはそこにはない。しかし、多くのミュージシャンが、彼からの影響を公言するなど、21世紀になった今でも、ニック・ドレイクに関する評価は高まる一方である。とりわけ、ノラ・ジョーンズのデビューおよび大ヒット以来、ジャジーなテイストをもったポップ・ミュージックが非常にもてはやされ、ブームとも言える状況が続いているが、その中でニック・ドレイクの名前を目にする機会が増えているのである。例えば、こんな具合だ。自分の場合、ジャムバンドにのめりこんだのはかなり遅いのだが、その原因を作った2001年のチャーリー・ハンターの傑作アルバム「ソングス・フロム・アナログ・プレイグラウンド」で、ブレイク前のノラ・ジョーンズをフィーチャーした2曲、ロキシー・ミュージックのカヴァー「モア・ザン・ディス」ともう一曲がニック・ドレイクの「デイ・イズ・ダン」だった。この曲は、現代のジャズ・シーンを代表する人気ピアニスト、ブラッド・メルドーもカヴァーし、アルバムのタイトルにまでしている。また、ブラッド・メルドーは、他にも「リヴァー・マン」や「シングス・ビハインド・ザ・サン」もライヴではよく演奏し、名ライヴの誉れ高い「ライヴ・イン・トーキョー」でも両曲がフィーチャーされている。

「ソングス・フロム・アナログ・プレイグラウンド」でノラ・ジョーンズが歌う2曲に関しては、「モア・ザン・ディス」があまりに出来がよすぎたために、「デイ・イズ・ダン」は目立たない存在になってしまったが、このテイクを聴いて、ニック・ドレイクに行き着いたリスナーは多いのではなかろうか。実は自分もその一人である。いくら70年代前半の人と言われても、当時夢中になって洋楽を聴いていた自分にすら、その名前は届かなかったのだから、普通の人は彼のことは死後になって再評価されたなかでしか知り得なかったのではなかろうか。如何せん、本国でもろくにヒットしてないのだ。まだまだ月刊誌とラジオが情報の中心的な存在だった時代に彼のことを知りえたのは、特定のロック喫茶などに足繁く通っていた連中など、ごく一部に限られるはずだ。

さて、先述のカヴァーでも触れたブラッド・メルドーの新盤「ハイウェイ・ライダー」がリリースされた。早くから予約しておいたので、発売日にブツが届いたのだが、製造行程でついたものと思われるキズがジャケットに複数あり、返品しようかと思うほどの代物だったが、まあ音楽が聴けるのであればよい。如何せん、2枚組14曲全てがブラッド・メルドーの自作曲である。サックスのジョシュア・レッドマンのアルバムかと思いたくもなる全面的なフィーチャーは何を意味するのやら。この男、随分フリー臭い演奏を聴かせている。しかしその一方で、とにかく静謐な印象が、これまでのどのアルバムとも違っている。「ラーゴ」以来2度目の共同作業となる、プロデューサーのジョン・ブライオンの個性はどこかに垣間見られるのだろうか。

ブラッド・メルドーは、作曲能力がないというつもりはないが、カヴァーの選曲のセンスがよい人間だと思っている。「ハイウェイ・ライダー」を聴いて少し寂しく感じたのは、その思いが意外に強いからかもしれない。カヴァーも原曲を忠実になぞるようなものでは決してないので、よい題材に巡り会えたときに稀有の才能を発揮する男なのだろう。ボーダーレスな活動が目に付くが、やはり彼も真のジャズマンなのだ。原曲のなかに埋もれている美しいメロディを引き出す優れた才能といったところである。そういった意味で、ブラッド・メルドーがカヴァーしている曲をあらためてきくと、意外な発見があるのではなかろうか。

例えば、ニック・ドレイクの「リヴァー・マン」のように、もともとジャジーな曲をカヴァーするとき、この男はどのような料理法を披露するのだろうか。世の中の多くの人々は、ニック・ドレイクの声が持つジャジーな響きを真っ先に認めるだろう。21世紀にジャジーなポップがブームのようになっているとき、ニック・ドレイクの曲の評価が高いことは実に分かり易い、当然の理なのだ。しかし、ブラッド・メルドーの場合、ピアノでニック・ドレイクの曲が持つメロディの美しい部分を抽出するのだ。その抽出法が見事なのだ。ヴォーカルのメロディラインを単にシングルノートで追っていくだけでは、あれほどの名演にはならない。崩しながら再構築を繰り返す場面での、ハッとする瞬間の何と多いことか。右脳の働きが、他人とは格段に違って活発なのだろう。そういった意味では、やはり恐ろしく作曲能力の高い男ということになるのだ。そのうち、ブラッド・メルドーのニック・ドレイク曲集でも作ってもらえないだろうか?


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