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下町音楽夜話

◆第407曲◆ エモーション・アンド・コモーション


2010.4.10

昨年のエリック・クラプトンとの因縁の対決のような気合入りまくりのライヴを終えて、ジェフ・ベックも吹っ切れたのだろうか。久々にニュー・アルバムがリリースされた。これにあわせて、現在来日公演の真っ最中である。それにしても、時期が悪い。年度の変わり目の一番忙しい時期に来られては、さすがに足を運ぶことが難しかった。前回とはメンツも違っているし、ニュー・アルバムの曲も演るであろうから、行ってみたい気はしたのだが、どうにも都合がつかなかった。最初は昨年の来日と同じメンツで録音されたニュー・アルバムのせいで、同じメンバーだと思い込んでいたため、さほど観たいとも思っていなかったのだが、いざ来日メンバーが発表になると、まるで違っていた。

まず驚かされたのが、ドラマーである。何と大御所ナラダ・マイケル・ウォルデンだというのだ。超名盤「ワイアード」でフィーチャーされた男であり、その後はアレサ・フランクリンやホイットニー・ヒューストンといったヒット・メイカーのプロデューサーとして、一時代を築いた男である。他にはスティーヴ・ウィンウッドやエルトン・ジョン、Eストリート・バンドのサックス奏者クレランス・クレモンズ、そしてハービー・ハンコックといった連中をプロデュースしていると言えば、いかにミュージシャンから信頼されている実力派であるかが分かるだろう。ドラマーとしては、ジョン・マクラフリンのマハビシュヌ・オーケストラでの活動がやはり印象的だった。「ワイアード」の曲を演奏したときの盛り上がりが目に見えるようで、悔しいとしか言いようがない。

そして、ベースは、ロンダ・スミスだ。チャカ・カーンやビヨンセ、プリンスやキャンディ・ダルファーといったミュージシャンのバックアップをしていた、いわずと知れた超ファンキーな女性ベーシストである。そしてキーボードは相変わらずジェイソン・リヴェロである。スティングやマデリン・ペルーなど、渋めの実力派から指名される技巧派である。このメンツ、それなりに面白そうという気もしたが、昨年のタル・ウィルケンフェルドが地味なわりに、ジェフ・ベックとの相性がよかったように思えていたので、いかがなものかと思わなくもない。両方の現場にいた人間にしか判断はできないが、まあ今回はパスするしかなかったのだから、考えても詮無いものだ。

さて、ニュー・アルバム「エモーション・アンド・コモーション」は7年ぶりとなる完全な新盤だ。といってもエレクトロニカ・ドラムンベース3部作がさほどお気に召さなかったファンも多く、実質的には1989年の「ギター・ショップ」以来、久々に納得できるアルバムとなったと言うべきだろう。フュージョン系のアルバムとも言い切れない内容だが、演奏は「素晴らしい!」の一言に尽きる。昨年の来日メンバー、つまりタル・ウィルケンフェルド、ジェイソン・リヴェロ、ヴィニー・カリウタの3人を基本線に手堅いバックアップを聴かせ、そこにいろいろなゲストが参加するかたちで録音されているのが面白い。ジェフ・ベックは昔ほど弾きまくりではないが、地味ながらいいフレーズを聴かせている。

まず何といっても、2曲目「ハンマーヘッド」がやたらと格好良いうえに、いかにもジェフ・ベックといった曲なので注意が向いてしまう。1曲目はオーケストラによる「コーパス・クリスティ・キャロル」なのでプレリュード的なものであり、やはり「ハンマーヘッド」に意識を集中させるための仕掛けのようだ。この1曲目ともう1曲「ライラック・ワイン」の2曲がジェッフ・バックリーのカヴァーである。一体どうしたのだろうか?ジェフ・ベックとジェフ・バックリーは、結びつく要素があまり無いような気がする。確かにジェフ・ベックは昔から面白い曲をカヴァーするので、意外性というつもりはない。むしろ、イメルダ・メイのゲスト・ヴォーカルをフィーチャーした「ライラック・ワイン」は、このアルバムの象徴的な印象を持った曲になっており、素晴らしく味わいの深い曲になっている。何とも言えず静かだ。静謐といった印象が、このアルバムに通底するために、ジョス・ストーンをフィーチャーしたスクリーミン・ジェイ・ホーキンスの「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」がうるさく感じられて仕方がない。

その他にも、歌劇「トゥーランドット」の「誰も寝てはならぬ」、映画「つぐない」からは「エレジー・フォー・ダンケルク」、そして誰もが知っているであろう大スタンダード・ナンバー「虹の彼方に」といった具合で、到底そこに脈絡があるとは思えない選曲である。結局気に入ったフレーズがあれば、それでよしといったところのような気がする。ハッキリ言って、思いつきだろう。それだけに、原曲に忠実などといったことはあり得ない。カヴァー曲も含めて全てがジェフ・ベック色に染まっている。まったく、恐ろしいほどの個性だ。やはり、そういった意味でも、彼のバックアップをするミュージシャンは、あまり個性的な人間ではないほうがよい気もする。例外はテリー・ボジオだけだ。

最近は、ロックを演奏する側も高齢化が進んでいるが、同時にリスナーも高齢化しているのだろうか?というのも、先般、日経新聞にジェフ・ベックのインタビュー記事が掲載されていたのだ。とても、若者向けの媒体ではない。コンサート会場に行けば、それなりに若い世代の観客もいることはいるのだが、やはり雰囲気はオヤジの祭典といったところだ。昔馴染みのといった気安さや、娯楽の中に占める音楽というものの大きさが、最近の若者とはかけ離れているのだろう。我々の世代は、音楽にのめり込む度合いが全然違っていたのだ。結局のところ、ロックというものを一つの巨大産業にまで押し上げ、消費経済の中における確たる地位を築いた世代なのである。やはり、現在においても、ロックという産業を支える消費の担い手はオヤジ世代なのかもしれない。

やる側も聴く側も高齢化が進む中で、活気があるうちはよいのだが、これでは市場が尻すぼみになることは避けられない。現在の音楽業界の規模を維持したいのであれば、もっともっと積極的に若者が音楽に対してカネを払う構造を模索し、業界全体でBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)に取り組む必要性がありそうだ。やる側も、アルバムを作ったらプロモーションを兼ねたコンサート・ツアーをやって、といった具合にこれまでと同じことをやっていたのではまずいのではなかろうか。ジェフ・ベックは常に新しいことに取り組んできた人間だ。ジャズにおけるマイルス・デイヴィスと同様に、ロックの世界において孤高のギタリストであり続けた男である。彼なら何か目新しい方法で、世代の垣根を無くし、将来につながるようなことをやってくれそうな気もしないではない。


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