前回、強い酒が飲みたくなる音楽として、ロス・ロボスとJ・ガイルズ・バンドについて書いたのだが、こと酒が飲みたくなるということでは、もっと相応しい音楽があることが気になってしまった。ズバリ、英国のパブ・ロックと呼ばれた連中のことである。酒が飲みたくなるといえば、フェイセズ・ファミリーの音楽などいずれも該当するだろうが、あれはやる側が酔っ払っていただけとも言う。ロッド・スチワートに関して言えば、巨大産業となっていく音楽業界で第一線を駆け続けたこともあり、労働者階級の音楽という側面を持つパブ・ロックとはまた違った捉え方をせざるを得ない部分もあり、微妙な線なのだ。
そもそも、パブ・ロックという形態の音楽があるわけではない。ある時期、クラブや小規模のホールなども含め、パブのような小さなハコで演奏していたバンドを総称するために使われた言葉である。しかし、一定の傾向はある。1970年代において、主流となっていったハードロックとは一線を画し、1960年代までのロックン・ロールやサイケデリック・ロック、ブルースやフォーク・ロックといった、シンプルな演奏の音楽に拘っていた。またロンドン・パンクの源流とも言われるため、庶民的な労働者階級向けの歌詞を持っているという傾向もある。シンプルなラヴ・ソングもあるが、王様やお姫様や騎士は出てこない。産業ロックと言われたものとも大きく異なり、昔のロックが持っていた反骨精神や庶民的なパワーが迸る、ノリ最優先といったステージを展開していたのである。こういった連中の演奏を、酒瓶片手に間近で観てみたいなと常々思っていたものだ。代表的な連中といえば、イアン・デューリー、エディ・&・ザ・ホットロッズ、グレアム・パーカー、デイヴ・エドマンズ、ドクター・フィールグッドなどなど、そして元祖パブ・ロックといえば、ブリンズレー・シュウォーツといったところだ。
自分は1960年代から70年代の音楽が大好きなため、決してパンク・ムーヴメントに好意的な人間ではないが、そこから派生したニュー・ウェイヴとして括られるミュージシャンには、リアルタイムで接してきたこともあって愛着もあるし、好きなミュージシャンも多い。その一方で、パブ・ロックのミュージシャンに関しては、日本ではよほど意識しないと情報が得られなかったようなところもあり、全体像が把握できていたわけではなく、ニュー・ウェイヴと一緒に語られていたイアン・デューリーやグレアム・パーカーといった連中がしょっちゅう雑誌に載っていた程度だった。その中でも、ドクター・フィールグッドのオリジナル・メンバーであり、後に独立してソリッド・センダーズを率いたウィルコ・ジョンソンは、狂人的なパフォーマンスと個性的なマシンガン・ギターで人気を博していた。日本のミュージシャンとも親交が深く、随分マスコミも取り上げていたように思う。ニュー・ウェイヴが人気だった時期の日本でのパブ・ロックの情報といえば、そこで終わっていたのではなかろうか。
そんなわけで、元祖パブ・ロックと呼ばれたブリンズレー・シュウォーツに関しては、その時点で既に伝説と化していた。1969年から1975年の解散までに6枚のアルバムをリリースしているが、前期と後期ではかなり音楽性も違うのだが、いずれにせよ日本のレコード店の店頭で見かけることはなかった。ヒット曲があるわけでもないので、仕方がないといえば仕方がない。何せ英国でローカルなクラブを巡って演奏している連中なのだ。拘って情報を集めなければ、素性もよくわからなかった。結局のところ、デイヴ・エドマンズとロックパイルを結成したニック・ロウがいたバンドという捉え方にならざるを得ず、ロックパイルがあまり好きではなかった自分にとっては、後手に回すべきバンドだったのである。そのため、割と最近までちゃんと聴いていなかったというのが正直なところである。
しかし、21世紀にもなって、ブリンズレー・シュウォーツは再評価されることになる。BBC音源集が2枚発売され、これがなかなかの内容だったのである。自分も、妙な懐かしさとともに、にわかに気になり始めてしまったのである。結局のところ、リーダーのブリンズレー・シュウォーツがどうのというよりは、ニック・ロウを中心としたバンドだったのだ。いまだに彼の代表曲とされる「クルエル・トゥ・ビー・カインド(恋するふたり)」や「(ホワッツ・ソー・ファニー・アバウト)ピース・ラヴ・アンド・アンダースタンディング」に尽きるのだが、オリジナル・アルバムには収録されていない「クルエル・トゥ・ビー・カインド(恋するふたり)」も、ブリンズレー・シュウォーツ時代に既に演奏していたことが知れ、これはこれで貴重な音源だったのである。
また、2010年3月の来日公演のアンコールで、シェリル・クロウとジャクソン・ブラウンが歌ってくれた後者も、人気のある曲だ。前々回の下町音楽夜話で触れた「アリソン」の作者、エルヴィス・コステロもカヴァーしたこの曲は、初期のコステロのイメージにあまりにもハマっており、彼の曲だと思い込んでいる人が多いが、オリジナルはブリンズレー・シュウォーツまで遡ることができる、ニック・ロウの代表曲なのである。ニック・ロウはエルヴィス・コステロやプリテンダーズといった、ニュー・ウェイヴ勃興期のミュージシャンをプロデュースしていたこともあり、ニュー・ウェイヴを語る際には絶対に外せない重要人物である。
さて、そんな英国のクラブ・サーキットを周っていたブリンズレー・シュウォーツのアルバムは、以前ではまず入手することは困難なものだった。それが最近では、結構中古盤店でも見かけるようになったのだ。これは嬉しいというべきなのだが、見方を変えると、いよいよアナログ盤の市場も終わりが見えてきたかと思いたくなるほど違和感もあることなのである。自分はある程度状態のいいものを、安価に入手できることが信じられないと思いつつ喜んではいるのだが、こと日本ではリアルタイムでそんなに多くの盤が出回っていたはずはなく、希少性などを考えるとおかしなことになってしまうのだ。元々がそんなに高級な音楽ではないと言われればそれまで、庶民的な歌をヨッパライ相手に歌っていた連中と考えれば、これで適正価格となるのだろう。しかし、異様に高値が付いているニュー・ウェイヴ勃興期のアルバムとのバランスを考えると、違和感ありありなのである。ライヴではJ・ガイルズ・バンドの初期の曲もやっていたブリンズレー・シュウォーツのセンスは、もっと、もっと評価されて然るべきもののはずなのだが、こう感ずるのは、単に贔屓目というだけなのだろうか?そうでもないような気もするが、いかがなものか。