チャーリー・へイデンに関しては、痛い思い出がある。ジャズの何たるかも分からなかった頃に、背伸びしてフリーに手を出し、まったく理解できずに痛い目にあったということではない。実際にそうなりかけていたとき、チャーリー・へイデンのおかげで、フリー・ジャズ嫌いにはならず、むしろハマッたと言ってもいいほどだった。ロック中心に聴いてきた自分にとって、様々なタイプのジャズに興味をもつことにもなったし、意識の幅をうんと広げてくれた。正確にはオーネット・コールマンとそのサイドメンたちのおかげである。痛い思い出というのは、彼らのおかげで本当に歩けなくなるほど、足を傷めてしまった痛い思い出があるのだ。
当事はまだ独身で、友人と酒を酌み交わす機会も今よりは多かった。酒には強かったので、毎回かなり深酒となる傾向にあった。最近というか結婚してからは、とりわけ余裕もなくなり深酒もしなくなったが、飲んだくれることも人生のある時期には必要なことだと思っている。ああいった時間があったからこそ現在の自分という人間が形成されたと思うし、事実楽しかったわけだからそれだけでも十分なのだ。たまに度を越して翌日に残ってしまい、苦いものがこみ上げてくる経験も、幾度かはしている。そういったことですら、人間には必要だと思う。まったく無駄だということなど、この世の中にはないと思いたい。
30歳を過ぎて、仕事は上手くいっていた。世の中はバブルがはじけて一気に不景気のどん底に叩き落された感があったが、歴史は繰り返す、もう一度好景気がやってくる、と誰もが思っていた時期だ。その後の十年を知ってしまった今となっては、そんなことないと言われるかもしれないが、1990年代の前半まではみな近いうちに景気が回復すると思っていたのではなかろうか。程度の差こそあれ、華やかな80年代が戻ってくるような夢をみていた人間は多かったと思う。何せインターネットも携帯も普及していなかった時代だ。数年後にそんな大きな社会の変化が待っていることも想像すらできなかったし、そんなに簡単に生活を変えられるものでもなかった。環境の変化に順応する能力が高い人間は、それなりに携帯を使いこなし、インターネットを活用した新しいビジネス・モデルに挑戦もできただろう。しかし、一般的な感覚というのは、それほど、先進的なものではなかったように思う。むしろ、昭和の残り香にしがみついていたほうが大勢だったのだ。いったい何年ごろからいまのような時代に移行してしまったのやら。気がついたら、インターネットも携帯も生活の必需品になっていた。
そんな変化のさなかにあったころ、CDのチープな音に不満を持ちながらもポータブルCDプレイヤーを持ち歩いて聴いていたが、アナログのグッド・サウンドが忘れられずに困っていた。何時かは処分しなくてはと思っていた大量のアナログ・レコードのこともあったし、自分の生活そのものが漠々たる不安に満ちていた。不況のあおりを直接受けることはなかったのだが、上手く立ち回らないとまずいことになるぞという不安感は常にあった。アナログ・レコードの存在がその不安の象徴のようにもなっていたのだ。その当事、新盤はCDでしか発売されなかったし、DJ以外に使い道はなくなるような気がしていたものだ。世の中の多くのアナログ・レコードはこの時代に捨てられてしまったのだろう。
ある晩、酒を飲んでいてあまり気がのらず、引き止める仲間を残して一人だけ先に席を立った。真冬だった。店の外は思っていたよりはるかに寒く、一気に酔いも冷める勢いだった。バッグの中にはポータブルCDプレイヤーと数日前に買ってまだ封も切っていなかったチャーリー・ヘイデンのCDが入っていた。まだジャズを勉強していた頃で、どんな音楽をやっているか知らず、ディスク・ユニオンで安く売っていたからというだけで、ジャケットが気に入った3枚を持ち歩いていたのだ。どういうわけか電車に乗る気にならず、駅とは反対の方向に向かって歩き出した自分は、大した期待もせずにチャーリー・ヘイデンを聴き始めた。そして、数分後には寒さの感覚もなくなってしまうほど夢中になってしまったのだ。もちろんアルコールのせいもあるのだろうが、3枚をとっかえひっかえ一晩中聴きながら歩き続けてしまったのである。ちなみに、その当時住んでいたのは新松戸だった。
右足の小指に水ぶくれができて痛くなってしまったときには終電の時間をとうに過ぎていたので、歩き続けるしかなかった。どこか知性を感じさせるチャーリー・ヘイデンのベースは、前進あるのみと言っていた。ドン・チェリーのチーチーと鳴るポケット・トランペットとデューイ・レッドマンのふくよかなサックスは、上手いのか下手なのかよく判らないと思いつつも、やはり思索を促してきた。ジャズ・ドラマーにしては、ロック的な音質のエド・ブラックウェルのドラムスが、歩くリズムを決めていた。明け方に自宅にたどり着いた頃には、寒さでおかしくなりそうだった。手も足も感覚がないほどだった。妙にヌルヌルした感覚だけがある右の靴の中は血だらけになっていた。またその日から、ひどい高熱を出して、しばらく寝込んでしまった。結果的にフリー・ジャズが自分のものになった日であると同時に、その頃から酒を飲む機会もぐんと減り、酒に逃げるということはなくなった。
先日、チャーリー・へイデン関連の、ブラック・セイントとソウル・ノートに残した5枚のアルバムがボックスに収められて発売された。なかなか入手できなかった音源が一気に揃ったので、個人的には非常に嬉しいものだった。一枚あたり500円程度というお値段も有り難かった。このボックスに関しては、あまり情報がなかったのだが、数量限定盤だったらしく、発売直後にHMVのオンライン・ショップでは廃盤となっており、意外な思いをさせられた。人気があるのか、それとも生産枚数が少ないだけか、どうしたことやら。
意外にしっかりした紙ジャケットと、非常にクリアになったリマスタリングは、オーディオ・ファイルも喜ばせるものだろう。ここに収録された5枚のうち2枚は、ドン・チェリー、デューイ・レッドマン、チャーリー・ヘイデン、エド・ブラックウェルといった、オーネット・コールマンのサイドメンがやっているオールド・アンド・ニュー・ドリームスのもので、妙に懐かしかった。しかし、今となっては、聴く耳が少しは肥えたか、非常に聴きやすく、リズムの推進力と相変わらず思索的なフロントの2人のメロディアスな駆け引きが非常に楽しいものに聴こえる。
不安が完全に払拭できたわけではないが、年をとった分、落ち着いたということなのだろうか。個人的な理由だが、この連中の演奏は、自分の人生を見つめ直し、しっかり考えることを手助けしてくれるものだったのである。