2002年5月にスタートしたこの下町音楽夜話も、ついに第500曲に到達した。10年弱の期間、よくもまあ書き続けたものだと思うが、あくまで目標は1000曲である。500はまだまだ通過点にすぎない。それでも、キリのいい数字を、一つまた一つ踏みしめながら積み重ねていくことの楽しさは、やはり格別だ。データベースも量が質に転化する。一定の蓄積を経て、ある時点から価値のある情報へと変化することを考えると、やはり継続することにも意味はあるのだろう。たかが音楽エッセイ、されどそこからもたらされた新たな人間関係は、いまや自分にとって大きな財産とも言える。第500曲という大きな節目を迎えたところで、何等変わることなく同じ平凡な日々が続いていくのだが、やはり10年前とは違うことも確かだ。一歩、また一歩、ときには振り返り、ときには怒り、ときには新しい才能に興奮し、ときには美しさに涙することもあり、楽しきかな我が人生は、といったところだ。
どうしても長く続けていることを話題にするときに出てくるのはローリング・ストーンズやボブ・ディランやポール・マッカートニーといった現役のヴェテラン・ミュージシャンである。長生きし、歌い続けてくれるだけでも有り難いというものだが、みんな創作意欲が衰えないことが素晴らしい。この際期間の長短ではあるまい。30年40年といった期間継続できるだけで、もう既に表彰もののような気がする。バンドは特に凄い。エゴのぶつかり合いや音楽的な好みのズレなどで、あっけなく解散するバンドの数は計り知れないが、そういったマイナス要因を乗り越えて継続することの意義は、一層大きいように思われる。そういった意味では、やはりローリング・ストーンズはスゴイ!エライ!のである。
とにかく音楽を取り巻く環境は大きく変化してきたし、これからも変化し続けていくのだろう。SP盤がLP盤になり、CDとなっただけでも大きな変化だったが、さらにはダウンロードに移行しつつある。録音メディアはオープンリール・テープからカセット・テープになり、MDやCD−Rとなり、ついにはメディアも不要なクラウドの時代に移行しつつある。録画メディアもVHSとベータマックスの争いがあったことなど忘却の彼方といったところだが、DVDだ、ブルーレイだ、ハードディスクだといったところで、こちらもクラウドに移行するのだろうか。オン・デマンドでいつでも聴けたり観られたりといった環境も遠くない将来に実現するのだろうが、それもメジャーなものや提供側の意向次第であり、マイナーなものやローカルなものはパッケージ・メディアが必要だろう。自費制作のメディアとしては、いまでもCDやLPは魅力的なものだし、自分などもう少しコンパクトな10インチのほうがアナログに対する愛着を表現する企画として面白いのでは、などとも考える。単に選択肢が増え、楽しい世の中が現出したと思いたいものだ。
一方、最近ではリーダーやキンドルといった電子書籍も気になるメディアではあるが、やはり紙の本の魅力には遠く及ばない。旅に出るときに多くは持って行けないと考えたら何百冊でも収録できる電子書籍のほうが便利だというのは理解できるのだが、では愛蔵書のようなものの説明がつかないではないか。電子書籍でゲーテを読むことの意味が見出せないというのは、誰の言葉だったか。下町音楽夜話も、500本の中から評価された回だけをピックアップして、一冊にまとめてみたいなという気持ちがないではない。ウェブで公開しているのだから、既に読みたい人には伝えられているのでは、というご意見もあろう。しかし、そういった効率性や単なる理屈では説明ができない魅力が、紙に印刷された活字にはあるように思えてならないのだ。
これからの世の中は、インターネット上のどこかにあるサーバに蓄えられた情報にアクセスできる通信環境さえあれば、音楽も、映画も、文学も、みんな聴きたいときに聴き、観たいときに観て、読みたいときに読めるということになるのだろう。しかし、だからといって、レコードやビデオや本が価値のないものになるということはイコールではない。いずれのメディアも長い、長い歴史を持っているのだ。無数の絶版ものもあるわけで、全てが電子化される時代がくるとはとうてい思えない。既に30年近い歴史を持つCDであっても、全てのレコードがCD化される日などあり得ないのだ。まだまだCD化されていないレコードの何と多いことか。
とにかく、そういった変化に富んだ時代に、ヴェテラン・ミュージシャンの音楽は、格別魅力的に響くのである。ここはローリング・ストーンズやボブ・ディランだけに限らず、ヴァン・モリソンやエリック・クラプトンやエルトン・ジョンといった、コンスタンスにアルバムをリリースし、ライヴ活動を続けているミュージシャンに敬意を表しておくことにしよう。ちなみに、今回この文章を書くときのBGMはヴァン・モリソンのベスト盤と決めておいたのだ。「ムーンダンス」や「ベイビー、プリーズ・ドント・ゴー」といった若き日のヴァン・モリソンのハリのある声を聴いていると、「まだまだ行けるさ」と励まされているようで、妙に元気が出るのである。そんなわけで、半分以上は虚勢だが、やはり500という数字は通過点と思いたいのである。いや、もちろんただの通過点ではない。大事な折り返し点だ。これからは、まだまだ書けるということではなく、まだまだ書かなければいけないことが残っている、という気持ちで書くつもりである。祝、第500曲。さあ後半の始まりだ。