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第3回
「100万回の言い訳」

著者唯川 恵
価格1600円
出版新潮社
発行年2003年

 新年に読む本は毎年ジャンルも異なる。一昨年は、浅田次郎の「壬生義士伝」昨年は重松清の「流星ワゴン」。「エンデュランス号漂流」という探検記の年もあった。
今年は、新たに唯川恵(ゆいかわ・けい)を選んだ。
 主人公は40歳と38歳の共稼ぎで、子どものいない夫婦。もう最後のチャンスだから子どもを授かりたいというときに、同じマンションで起きた火災のためにすれ違っていく二人を描いていく。結婚して7年、場合によっては十分に夫婦の危機が訪れてもおかしくないころだ。お互いに取り立ててこれといった不満はないのだが、ふとしたきっかけで崩れていく関係。これを、作者は火事による別居ということで二人の距離を表現している。
次はお決まりのダブル不倫。ただし、作者は安易に不倫相手を登場させるのではなく、互いの男女の心理を知り尽くしたかのように、互いに二人の不倫相手を用意している。
最初の相手は男の心理を手玉に取るかのように、妻とはまったく異なる母親似で、しかも同じ栃木県出身の美人というよりは気立てのよい子持ちの女性を登場させている。
しかし、この女性とは最後まで手を触れることはない。が、女性のアパートに食事によばれて、食卓に目をやって「そうそう、これだよこれ、よくこういうのをつくってくれたんだ」この台詞に男性の女性への思いが表れている。消えるこのない「おふくろの味」、これに男は弱い。
そして、2番手に20代の隣に住む人妻を登場させる。家内にはもう性的関心はわかないのに、隣の奥様からは携帯に着信するだけで、なにやら興奮を覚えてしまう。これも、20代というのが作者の男の弱みをついた部分ではないかと思う。自ら人妻を誘うことはなくても、20代の奥様にしなだれかかられて、「やだわ、私ったらすっかり酔ったみたい」なんて言われたら、その場は失礼しますと言って済ませても、次に会ったときは危ないという感じはする。これを避けるには携帯の番号を変えることくらいしか思い浮かばない。
 一方、女性には同じ職場の年下の男性。嫌いなものは同じだが好きなものはまったく異なるという二人。デザインの仕事をしているので、真っ向から対立しながらも引かれていく。そして、もう一人は、その男性の友人で女性を性欲の対象としかみない男。しかも、この男は過去にデザイナーの男性の彼女を寝取っている。それなのに、この女性は危ない男と食事を重ねる。
夫にも職場の不倫相手にもない何かを持っている危ない男。そのために、二人を失う危険を冒しても会いに行く。
 夫婦とはいったい何か。私自身は二人で一つの目標に向かって共に歩むという理想を持っていた。結婚して十二年、理想を追い続けるのは難しいと思いつつある。
作者は「向き合ってお互いを見るのではなく、肩を並べて同じ方向を見る、という状況が夫婦として快適な形態になるに違いない。見合っていれば必ずアラばかりが目に付くようになり、うんざりする」と妻に言わせている。同じ方向であっても、必ずしも同じものを見ているわけではない。なかなか旨い表現だ。お互いに他人である二人が死ぬまで寄り添っていくには、それくらいが丁度いい。
同じように別居している妻の老夫婦を登場させて、母親に「誰かのために何かをするって、限界があるの。私はいつもお父さんのために仕方ないって思ってきたし、お父さんも私や家族のためなんだって我慢してきたのよ。可笑しいのは、それが実は少しも相手のためにならなかったってことね。お互いにしてやっていることだけが残って、してもらってることは何もないの。それが今はね、お互いに自分の好きなことを優先させているって、ちょっと後ろめたい気持ちがあるものだから、してもらってることに敏感になれるのよ。たまに会うと、お父さん、すごく優しいの。私だって優しくなれるし」
結婚生活四十年のベテランの台詞だけに重みがある。
 お互いの生活を謳歌する二人に意外な結末がやってくる。男性が肩入れしている栃木県出身の女性の子どもの父親が、妻が引かれていく性欲が服を着ているような男だったのだ。
それぞれが深く詮索をすることなく、新たな歩みをはじめていく。
別居していた二人は、「夫婦ってなんだろう。その答えに近づくために、もう一度、夫と夫婦をはじめるのも悪くない。その答えを探したいという気持ちを失わないでいる間を、もしかしたら、夫婦と呼ぶのかもしれない。」という妻の気持ちと共に再スタートする。

2004/1/4