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第4回
「永遠の出口」

著者森 絵都
価格1400円
出版集英社
発行年2003年

 ひとはあの混沌とした十代に思いをはせることが一度や二度はあるのではないだろうか。
あらゆる可能性を秘め、いつまでもこの恐れを知らないひたむきな時代がいつまでも、いつまでも続くのではないかと思っていた。時には背伸びして大人ぶっていたあの頃。
その多感な十代を「永遠」というトンネルにたとえることによって、いつかは「出口から」抜けなければならない通過点として見事に構成したのがこの作品だ。
物語は紀子という女性の、小学三年生から高校三年生までの大人になるために時には避けて通れない現実やほろ苦い思いをユーモラスに書いている。
 友達の誕生会。当然のように用意したレゼントの見返りにたくさんのご馳走とお土産。そんな経験が私にもある。作品の中では、その当然が起きないのだ。いつもはクラスの人気者なのに、誕生日にプレゼントを持っていっても「今日は帰って、うちは誕生会はやらないの」とその子どものお母さんに言われたら、誰しもびっくりするだろう。一生に一度しか来ない(永遠にない)十歳の誕生日なのだから。しかし大人になれば、その歳の誕生会であっても、それほど気にはしないし、感動も無くなってくる。主人公の紀子も最初はびっくりするが、人にはいろいろな事情があることをこの一件から理解していく。
 クラス替えは今でもちょっとしたイベントではないだろうか。誰と一緒になるか。どんな担任がやってくるか。子どもと母親双方に関心があるのは後者だ。この作品に出てくる「黒魔女」とあだ名のついた女教師は凄い。受け持ったクラスの成績は必ず上がるが、生徒を成績の序列でしばる。優秀な生徒はストーブでコッペパンを焼く特権が与えられるが、ひとたび反逆したりすると学校に来る気力が失せるくらいやられてしまう。どうやって解決するか、一人で解決できないときにはクラス全員で解決する。成績を競わない、困ったときにはみんなで話し合う、困ったものがいたらみんなで助ける。これが黒魔女と戦う三原則だ。そう、どこのクラスでも通用するが、あまり見かけることは少ない。しかし、これは大人社会でも重要だ。こうして、黒魔女との戦いに勝利した子どもたちはやがて中学に進む。
 正義感に最もあふれているのは十代ではないだろうか。時には非行に走っていた主人公の紀子も葡萄酒を密造していた両親には逆にびっくりし「前髪を切られ続けた泣き言ではない。勝手なルールを押し付けられてきた恨み言でもない。結局のところ、なんだかんだと強がりながらも、私はまだ子供だったのだ。だから堅物でも、ものわかりが悪くても、うっとうしくても。それでもやはり両親には正しい人でいてほしかった。正義であってほしかった。」一見矛盾するようだが、両親(家族)という規範がしっかりしているから、非行に走っても一定の暴走範囲から飛び出すことはないのだ。
 やがて紀子は家族、学校、そして社会へと少しずつ輪を広げていく。出会ったバイト先の喫茶店の先輩は優しくて働き者、おまけに男性客の馴染みも多いまるで女王蜂のような存在。そんな先輩から「でも、最近思ったりするの、結局、本物の信頼関係ってそういうふうにしか結べないのかなって。毎日、無理してでも『おはよう』って言い続けるしかないのかなって」といわれ人間関係の難しさを知る。いい人が時には去っていかねばならない時もあるという事を。
 こうして紀子は初デートや高校三年の進路決定を経て、永遠の出口を後にする。
二度と忘れることのない青い時代。そして必ず飛び立たねばならない若き時代。
作者はエピローグの中で次の言葉で終わっている。
「生きれば生きるほど人生は込み入って、子どもの頃に描いた「大人」とは似ても似つかない自分が今も手探りしているし、一寸先も見えない毎日の中では呑気に〈永遠〉への思いを馳せている暇もない。
 だけど、私は元気だ。まだ先へ進めるし、燃料も尽きていない。あいかわらず躓いてばかりだけれど、その躓きを今は恐れずに笑える。
 生きれば生きるだけ、なにはさておき、人は図太くなっていくのだろう。
 どうかみんなもそうでありますように。
 あの青々とした時代をともにくぐりぬけたみんなが、元気で、燃料を残して、たとえ尽きてもどこかで補充して、躓いても笑っていますように。」

2004/1/11