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第22回
「幽霊人命救助隊」

著者高野和明
価格1600円
出版文芸春秋
発行年2004年

 もう何年前のことだろうか、新木場で有名国立大学出身のホームレスが車の中で死亡し、NHKの番組で取り上げたことがあった。周辺でも車のホームレスとして有名だったらしい。いったい何が起きたのか、大学の同期生に尋ねていく内容だった。その多くは上場企業の幹部だ。しかし彼は同期生の中で唯一人、就職しなかった。彼に救いは無かったのか。
 名もなき人生を懸命に生きているものが多くいる一方で、途中で自ら下りていくものたち。その違いはどこにあるのだろうか。

 今回の作品も題名とカバーの挿絵に惹かれて読んだ。
夕日に染まる新宿副都心を見つめる四つの影。蛍光色のオレンジ色のジャンプスーツには『RESCUE』の文字。腰には携帯とメガホン、頭には自殺志願者識別用のゴーグ―ル。
これは面白そうだと思ったら、期待を裏切らなかった。

物語は一人の少年があの世(天国ではない)に着くところから始まる。
少年を加えた四人は天国に行っていない。命を粗末にしたため、つまり自殺したから昇天できなかったのだ。そこに神から命令が下る。七週間の間に百人の命を救えば天国に行けると。
メンバーは東大受験に失敗した少年と家事手伝いの女性、自営業者、暴力団の組長。それぞれが理由を抱えて自殺したものばかり。
 どうやって救うのか。幽霊といっても物を動かすこともできないし、移動手段も徒歩か車だから大変だ。だから家を訪ねるのも、この世の誰かと一緒に車に乗っていくのだから可笑しい。飛び降りる人を引っ張りあげることもできないのだ。
そこでメガホンの登場だ。これは映画やTVの撮影現場を経験している作者の経験がものをいったのではないかと思う。これを使って直接本人に語りかけるのだ。読んでいて、耳元でメガホンから怒鳴り声が聞こえてくる感じがした。おまけにゴーグルもあるので、3Dメガネをかけているように臨場感たっぷりの描写だ。

 あらゆる欲望、食欲も性欲も物欲も、睡眠さえ必要としない彼ら。おまけにゴーグルのおかげで自殺しそうな人は判別できる。そして相手の体に入ると全てが手に取るように理解できる。いやが上にも人助けをしなければならないように追い込まれていく。
人命救助第1号は中年のおじさん。リストラ、離婚、孤独、もう死ぬしかない。そんな時幽霊人命救助隊が現われる。埃のかかった電話機を見て彼らは考える。人は孤独だから自殺するのか。
「いやいや、直接の動機じゃないとしても、こういう考えはどうでしょう。何か他のトラブルを抱えた人が、周囲に救いを求めようにも聞いてくれる人がいなかった」
「少なくとも、わたしはそうでした」
「何でも気軽に相談できる相手がいれば、死なないってことか」

答えの手がかりを見つけて新宿駅で救助に乗り出す四人。
やがて、自殺願望を持つ者に共通するのは絶望感だと気づく。
「人生すべてだ。過去だけじゃねえ。現在にも未来にも絶望している。それまでの屁みたいな人生にさいなまれ、どうにもならない今を嘆いて、将来に絶望するんだ」
 学生時代のバイト先で課長が『いいか、君たちがこうしている間も地球は回ってるんだぞ』と仕事の手を休めて話してくれたのを思い出す。宇宙の営みからすれば屁みたい人生だ。そして余談だが、そんなすばらしい課長のいる会社は今も増収増益を続けている。
 絶望という『死に至る病』に罹った人たちを精神科へと連れて行く救助隊。
作者は語る。
「人の一生は、零点と百点の間を不規則に揺れ動いて止まることは無いのだ。今、自分が進んでいるのは一本道ではない。平原だ。右か左にわずかにハンドルを切るだけで、進路を変えることができる。あらかじめ完璧を期す必要などどこにもない。方向を誤ったら、その都度、調節すればいいのだ。」
森毅の言葉をかりれば「間違ったって、いいじゃないか」ということになる。精神科の役割も同様だ。

 この作品の中に障碍をもった娘と自殺しようとする母親が登場する。
あなたなら何とメガホンで呼びかけるだろうか。
「自分の娘だぞ!あんたが腹を痛めて産んだ子だぞ!」
「子どものために生きろ」
「頑張れ」
「娘を抱け!今すぐ抱きしめろ!子どものためを思うなら、今すぐ抱いてやれ!」
わたしたち母子は他人を幸せにする踏み台とまで思いつめた母親。
母も子も助かった。しかし、娘さんを治すことはできません、僕たちにできるのはここまでです。
私たちはこの母子にとって他人だろうか、それとも救助隊になれるだろうか。

 百人を救助してついに天国に召されるというとき、四人はもっと救助できる、この仕事続けさせてくれと神に頼む。
「天国になんかには行きたくない」「この世の人たちのそばにいさせてくれ」
しかし、神は、
「今までのことを思い出すがいい。君たちは地上に下りてから多くのことを学び、働き、終わりを迎えた。限りある時を大切に過ごしたのだ。これ以上何を望むのかね?」
「諸君の長く辛い戦いは、今この時をもって終わる。よくやった」

ありがとう幽霊人命救助隊。

2004/5/25