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第25回
「見えない難民」

著者草の根出版会
価格2200円
出版谷本美加
発行年2004年

何年か前のことになるが、江東文化センターで谷本さんの写真展を見た。テーマはソマリアの内戦で精神的に傷ついた元兵士達だった。戦場の写真はよくあるが、こうしたテーマは私にとって初めてで非常に意義深いものだった。暗い部屋中で全裸で立っている元兵士や鎖で木につながれている元兵士。戦争によって破壊された精神が癒されることは無いのだということを痛感した。それ以来、谷本さんの著書に注目している。

 六月二十日は国連の「世界難民デー」だ。今もなお世界で二千万人以上の難民がいる。日本では2002年に250名が申請し、14名が難民として認定されている。
この写真集に登場する難民は認定されていないアフガニスタン人だ。
アフガニスタン人と聞いて、私自身まず思い浮かぶのは内戦だ。タリバンによる原理主義。いったいどんな人物だろうと腕組みして考えてしまう。
作者も素直に「これから会う人はどんな人なのか、まるで想像できず、戸惑ってしまう」
と述べている。
ところが、実際にあってみると
「ア〜 コンニチハ〜。ドウゾ ドウゾ」と言って歓迎してくれる。
作者は畳に正座すると「足、ソレハ 大変ナ」と言って、足を伸ばすようにジェスチャーをしてくれる。作者が足をくずすと、五人のアフガニスタン人も楽に座りなおしたという。
実に清々しい話ではないだろうか

 アフガニスタンの習慣では男性が台所に立つことはないそうだ。しかし、日本ではイスラム教の教えを守るために毎日自炊する。
「日本は、ゴハン毎日食ベラレル。イイナ」
彼らの「イイナ」には感謝がある。
「イイナ」と私たちが言うときはどんなときだろうか。贅沢や飽食を羨んで言うのではないか。そこにはあるのは感謝ではなく貪欲だけだ。
「ワタシ、パキスタンで難民ナァ。仕事ナイ。ゴハン食ベラレナイヨ」
だから日本に出稼ぎに来た。滞在期限はとっくに切れている。でも町の中で警官に会っても平気だという。
「『コンニハ』って、挨拶シテ終ワリ」
作者によると、彼らは、日本の出入国管理の甘さや難民認定の難しさを誰よりも良く知っているという。

次に登場するハジさんは年齢不詳のパシュトゥン人。パシュトゥンとはアフガニスタンとパキスタンの国境のところに住んでいる人たちだという。お母さんが生まれた日を紙に書かなかったから、誕生日がわからないという。
背番号まで人間につけて管理しようという国から見ると別の世界の話だ。誕生日はもちろん、家族構成や収入にいたるまでパソコンで見ることができるのだから。
ハジさんの部屋は三畳一間で、壁の向こうは勤務先の工場だ
それでもハジさんは
「ココ、社長サン イイナ。会社 友達 ミンナ イイ人」
しかし健康を害して。
「パキスダンで、ワタシ 何も病気ない。 日本で、病気イッパイ。ヘヘヘ」
と言うのである。
医者に行くにも保険証もないし、症状を通訳してくれる人もいないのだ。
幸いにも作者がついていったが、それでも大変だ。

 9.11同時テロの報復でアフガニスタンへの空爆が開始され、ハジさんは帰国を決意する。入国管理事務所に出頭して、退去強制処分になるのだという。航空券は自分で買わなくてはならないというのは初めて知った。
ハジさんは出頭後に就労してはならないにもかかわらず、働いてしまい入国管理局に収容される。そこにはイスラム教徒向けの食事はないし、12月だというのに暖房もない。
作者は涙をこらえて言う。
「出入国管理法違反であることは間違いない。しかし、人は生まれながらに平等ではない現実や、豊かさの中にも貧困があること、他人や異文化にたいする感謝や尊敬の気持ちを、気づかぬうちに教えてくれたのは、ハジさんだった。おそらくたくさんの負と引き換えに彼が身につけたものだったのだろう」
収容期間の11日間で、ハジさんは断食して体重が十キロ減った。

 ハジさんは六年ぶりに家族の元に帰った。出稼ぎのおかげで、電化製品は何もないけれど、メッカに2回も巡礼にいくことができ、末息子も私立に行かせることができた。
だがハジさんの友人が言う。
「ハジさんはね、日本に何もかも置いてきた。ひたすら働いたあげく、自分の歯を全部入れ歯にしたし、視力も失った、健康な体も。ただ、円とドルだけ持って帰ってきた」
そうしなければパキスタンでは生きていくことはできないのだ。
作者は言う。
「前向きで優しいと同時に、卑怯で鈍感であさましくなければ生きていけないのだ。ハジさんの日本での生活はまさにそのようなものだったように思う」

帰国してもなお「アリガトウ、サヨナラ」言ってないから前の会社の社長に電話してくれというハジさん。給料が二ヶ月続けて未払いになっているにもかかわらずだ。
「日本イイヨ」
過酷な減量を強いられてもなお、言い切るハジさん。
一日も早く難民が発生しない平和な世界が来ることを願って止まない。

2004/6/15