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第34回
「メリーゴーランド」

著者萩原 浩
価格1700円
出版新潮社
発行年2004年

 江東区潮見の特定郵便局の局長が業務上横領で逮捕された事件があった。朝の通勤途中でも、会うと必ず挨拶してくれていた。窓口でも感じの良い人だっただけに驚いた。
監査が入って発覚したらしい。事件直後もしばらく局長席は空席のままだった。
今では当時の局員は誰も残っていないが、時々窓口に行くとあの局長さんのことを思い出す。

 今回紹介する作品は『日本全国311万人の地方公務員騒然必至』と帯にある、宮仕え小説だ。主人公は駒谷市役所につとめる遠野啓一。新たに「アテネ村再建対策室」に出向を命じられた。これが、ご多分に漏れず赤字続き。どう再建していくのか。予算はない。役に立たない理事、野心家の市長、何やら市民運動に関わっている妻、昔所属していた劇団の先輩などが登場しながら物語は展開する。

メーカーから地方公務員に転職した啓一。
「地方公務員に転職してみると、しばらくの間は、ボクシングの試合をしに来たのに、ヘッドギアをつけ、減量の心配のいらないボクササイズをさせられているような気がしたものだ」
そんな啓一も今ではすっかり染まっている。そこに「アテネ村再建対策室」への出向だ。
結婚式の来賓のような理事たちは従来通りの企画から抜け出せない。そうした考えだからアテネ村の衰退があるのに、同じことを繰り返してしまう。
啓一には秘策があった。昔所属していた劇団の来宮たちにアトラクションをやってもらうことだった。しかし、来宮の発想はお役所的な考えから外れすぎている。
「クレーム、クレーム、クレーム」
「お前はオウムか。来ねぇ前からクレームを怖がってどうすんの。クレームひとつ来ない興行なんてろくなもんじゃねぇ。敵をつくらねぇやつには味方もつかないんだぞ」
「いや、しかし、これは市が主催するイベントですから」
「何のためにお前がいんのさ。それを何とかするのが、お前の役目だろ」

来宮の発想に啓一は驚くばかりだった。
「男も女も、老いも若きも、そういうのはだめさ、誰もが好きっていう毒にも薬にもなんないモノには、たいしたモノがないの。狙いは絞んなくちゃ。投網じゃないんだから」
「みんなそういうことを考えてやってるわけさ。パーマ屋も牛丼屋もビール会社もスーパーマーケットも歯磨き粉の会社も消火器のセールスマンも。ま、やりすぎとも言えるけどな。必死なわけさ。お前らも、きちんと考えろ。世間と向き合え。それができなければ、よその人間の知恵を借りろ」
「いや、最近はいちおう公務員もそういうこと考えてますよ。調査だっていろいろしてますし」
「いちおうってのはなんだ、いちおうって。そういうのは考えているうちに入んないんだよ。さて、調査でもしましょうか、なんて言ってる間に世間は変わっちまうんだ。きちんと考えないと店が潰れる、私立に通わせてたガキが退学、家族が路頭に迷う、首をくくるしかない。そういう背中に突きつけられた拳銃がないから、くまのプーさんみたいなのん気なことばかり言うんだ。違うか」
小泉総理に聞かせたい台詞だ。

来宮の劇団「ふたこぶらくだ」のパフォーマンスは大成功を収める。しかし、長年の赤字を出し続けてきたアテネ村を廃止することは、市長選の公約になっていた。現職も市民運動派の候補も。お互いに廃止することだけが目的だ。将来のビジョンはない。
閉園されたアテネ村を妻と子どもと三人で訪れた。そこには、今はじめて動かすメリーゴーランドがあった。
闇に輝くメリーゴーランド。回天木馬と床を照らす数百の電球。
これまでの勝つとわかったリングから、勝利の保障はない、しかし夢があるリングへ戻ってきた啓一を照らしている。
これは閉塞した現代に輝く夢物語かもしれない。

PS.
先月から「本のプロ」http://www.hon-pro.com/でnanaoの「虫食い日記」を掲載しています。ここでは紹介することのできなかった作品も載っています。よかったら覗いてください。

2004/9/7