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第35回
「グリズリー」

著者笹本稜平
価格1900円
出版徳間書店
発行年2004年

 1954年3月、ビキニ環礁の水爆実験で800隻以上の日本のマグロ漁船が被爆した。
その一隻の『第五福竜丸』が江東区夢の島に展示されている。
今年は50周年を記念して、財団法人第五福竜丸平和協会が様々な催しを企画している。
ゴミとして捨てられた『第五福竜丸』が訴えかけるものは何か?
被爆した漁船の乗組員たちは後遺症に悩み、職を解雇され貧窮の中で死んでいったという。
その無念の声を代弁しているのではないか。
こうした歴史を一切考慮することなく、日本政府はアメリカとの関係を強化していった。

 今回取り上げる作品の主人公、折本は父親が被爆したマグロ漁船の乗組員だったという設定だ。元陸上自衛隊の一佐、折本は左翼と組んでクーデター計画『Nプラン』に参加したことがある。
その計画とは米軍横田基地にある巡航ミサイル搭載用の核弾頭を奪取して国会議事堂に立てこもるという恐ろしいものだった。
日本は非核3原則により、核の持込みは行われないことになっている。だが実態はベールに包まれている。日米両政府を巻き込んで物語は展開する。

 事件の発端は、北海道で自衛隊のトラックから携帯用対空ミサイルと無反動砲が奪取されたことからはじまった。あまりに完璧な仕業。
犯人の意図は何か。
以前、折本の絡んだ事件で共犯者を狙撃した元SAT隊員城戸口は、すぐに犯人は折本に違いないと思った。だが、折本には完璧なアリバイがある。
そして、東京では『Nプラン』に関わった人物が相次いで爆弾テロに遭う。
過激派の内ゲバで兄を失い、復讐のために自らは警察のスパイとして過激派内部に潜入したことのある公安刑事、清宮も捜査にのりだす。
犯人の狙いは何か。

日本に留学中のアメリカ副大統領の姪フィービは、平和主義者として知られ、その主張をインターネットで公開していた。その彼女に折本からメールが届く。
『私もあなたと同様にアメリカの覇権主義に反対する』
二人はその主張において近いものがあった。
暗号化されたメールのやり取りは誰にもわからない。折本に惹かれていくフィービ。
ついにフィービは折本と一緒に知床半島へ旅立つ。

ホワイトハウスに〔グリズリー〕から脅迫状が届く。
『アメリカの先端核技術の情報をインターネットで公開せよ、フィービは預かっている』
〔グリズリー〕とは折本の警察がつけたニックネームだった。
核技術情報の世界への拡散を狙い、アメリカの優位を打破する、それこそが平和への道だと〔グリズリー〕は確信していた。
そして、〔グリズリー〕の公式サイトの開設のお知らせが届く。
そこにはアメリカが南太平洋で行った水爆実験によって、現地の島民、米軍内部、そして日本のマグロ漁船に多くの被害が出たことが書かれていた。

米軍の特殊攻撃部隊を投入して、〔グリズリー〕殲滅作戦が開始される。
清宮は〔グリズリー〕の仕掛けた爆弾で重症を負う。城戸口は米軍とは別行動で〔グリズリー〕の基地である知床半島の先端に迫っていた。
重武装した〔グリズリー〕は特殊攻撃部隊デルタフォースをも圧倒する。
「私のやり方なら世界をかえられる」
〔グリズリー〕の確信は揺るがないはずだった。しかしフィービという最愛の人を持つことによって、確信が崩れていく。
核の拡散、北朝鮮、イラン、テロ組織への核の拡散が本当に平和をもたらすのか。
その揺らぎの間隙を縫って、デルタフォースが〔グリズリー〕を襲う。
たった一人の軍隊の戦いは終わった。
しかし、アメリカの主権侵害に国会は混乱を極め、また公式サイトの開設によって全世界に〔グリズリー〕の主張が届く。
城戸口や清宮も〔グリズリー〕に共感するものがあった。

世界平和の為に何が可能なのか。〔グリズリー〕の放った一撃は大きい。

2004/9/29