第16号01年08月08日
下町昔話・・・・・食べ物

戦後5、6年ほどは稗、粟とまでは行きませんが
麦ご飯、麦混じりご飯でした。

今でこそ健康食だのダイエットだのと言って持て囃されていますが
たまにお客さんが来た時にだけ食べる事が出来た、銀シャリ。
ピカピカ光って艶やかで粘りがあって甘味があって、本当に美味しかった。

おかずと言えば干し鱈、目刺し、たまに鯨肉の甘辛煮、
鯨のベーコン鰹の角煮、ピンクや黄土色のでんぶ、
あみの佃煮、昆布の佃煮、コロッケ
あとは、糠味噌付けのきゅうりやナス、
豆腐に納豆、厚揚げ、蒟蒻白滝、さつま揚げ
たまに精進揚げを母親が作ってくれると嬉しかった。
海苔に玉子、海苔は一枚を16等分にした物
玉子は二人で一つでした。
ごくたまにベーコンやウィンナーの缶詰。
これは忘れない味です。

一度、大きな缶詰を頂いて、子供達は
そのお客さんが帰るのを今か今かと待ち受けていた
やっとお帰りになると、その缶詰を取り囲んだ。

英語で書いてあるそれを、大人達も読めない。
さぁ何の缶詰だか判らないまま数日間。

開けてみれば良さそうなものだが、
横文字物は中身が分らないと怖くて空けられないのだ。
子供達は学校から飛んで帰ってくる。

数日続いた判じ物も、英語がわかる学生に聞いてやっと判明。
なんとコーヒーの缶詰であった。
結局コーヒーなんぞ飲んだ事がない両親は
缶も開けずに、その学生さんに上げてしまった。

大人も子供達も気が抜けてしまった。
そう言えばもっと大きな缶詰で、粉石けんが入っていた事があった。
これは母親が重宝に使ったらしいたまに洗濯物がいい匂いだった。

やはりハーシーのチョコレート、
油紙に包んであリ、ブロンディーの漫画が入っていた、ピンクの風船がム。
ギブミーチョコレートを体験した世代のちょっぴり切ない、甘味でした。