第21号01年09月05日
厩橋〜駒形橋

● 厩 橋
ここは幕府の御厩に由来して、おうまや・おんまやと呼ばれた厩の渡しがあり、
明治7年、駒形−本所へ架橋されました。
このあたりから川幅が少し狭くなるので
橋の風情が小柄で優しくなります。
隅田川大江戸花火の会場です。
このあたりの川っぷちにはまだ古い商家が残っています。

またこの辺りは、鬼平ファンなら誰でもご存知
本所入江町の鉄つぁん。
若かりし長谷川平蔵が暴れ廻っていたところです。
あの頃には橋は無く、お厩の渡し、お厩河岸
古地図を参考に歩いている方を見かけました。

● 駒形橋
大川端にあった馬頭観音さんの駒形堂に由来。昭和2年架橋
このあたりも時代劇に登場するエリアとしては定番でしょう。
最近は当然ビルが多くなり、戦後すぐの頃には見えた景色が見えません。
しかし、ちょっと横丁へ入るとやはり風情は残っています。
残念ながら、飛び飛びなんですね。
家並みとしての風情はもうありません。
しかしこのあたりの両岸にはお寺さんも多いので、
古地図を参考に歩くのにはいいです。


下町昔話・・・・・夕立・雷・雨上がり

見事なくらいの夕立が降ると、
北斎の絵にあるように誰もが前傾姿勢になって
新聞紙や、手持ちの風呂敷等を頭に載せて
人の家の軒先といわず、家の中へ飛び込んでくる。

何故ならこの時期から、どこの家でも玄関は開けっ放し
慌てて仕舞った縁台を、玄関において夕立見物
「すいませーん。しばらく雨宿りさせてください」
大きな声で人が駆け込んでくる。

勿論、知っている人の訳も無いが
「あぁどうぞどうぞ、そのうち止むでしょ。
おーい、麦湯でも差し上げな」
知らない同士が、一軒の家の開け放した玄関で、
縁台に座って同じように空を見上げている。

片やステテコ姿で団扇を持って、
もう一方は、開襟シャツに扇子とパナマ帽子。
こんな風情もなくなりましたかね。

そのうち雷が暴れ出すと、
家の中の電気を消して今度は雷見物。
「あの音じゃ遠いな、もう少し賑やかにやってくれねぇかね。
ゴロゴロで終わっちゃ子供だましだぁな。
やっぱり、ピカピカッときて
バリバリードスンとこなくっちゃぁな。
あれだとスッキリするんだがな」
「そうですね。そうすりゃすぐに止むんだが」
みんなで芝居見物でもしてるようでした。
そんな会話の後ろで、子供達はお臍に手を当てて隠してました。

雨が止んで、一時の自然の狂乱を愉しんだ後には、
暖まっていた地面がしっかり濡れて涼しくなる。
すると先程までやっていた
縁台将棋が当たり前のように始まる。

するとまた、当たり前のように蚊遣りと団扇立てが揃って出る。
おじいさんは六尺ふんどしで、灰落としをぶら下げて、
通りすがりの人達と、煙管をくわえて岡目八目。
家の中からおかみさんが冷たい麦湯を持ってくる。

縁台とは便利この上なく、縁台将棋は勿論。
お祭りの寄付を取りに来た禰宜さんも、
郵便配達の人も、みんな縁台で汗を拭き拭き、休んで行く。

これから日差しが強くなれば、葦簾を立てる
近所の集まりのような事もしていたし、
子供にとってはまたとない遊び場ですが、
夕方からは大人が占領してました。

大人が譲ってくれるのは花火をやる時、
縁台に似合うのは、やはり線香花火が一番でしょう
ちなみに私は鼠花火が好きでしたが・・・
(2B弾なんてありましたね。ヤンマのお尻につけたりしてました。
こういう事を書くと女のわけはない? いいえ、ハイ、お転婆でした)

勿論、大人が傍について火の用心。
ビールに西瓜やトマトを持ち寄って、野外の宴会。
お父さん達の定番はやっぱり、縮みのステテコでーす!